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映画『ジョン・ウィック:チャプター2』(ネタバレ)「掟」を破ったことの意味

『チャプター2』、個人的に今年1番期待してた作品でしたが、その期待の遥か上を飛んで行ってくれる素晴らしい作品でした。
前作超えはもちろん、間違いなくこの2010年代殺し屋映画ベストに余裕でランクインしてくれる内容です。

あのアクションシーンが好きとかこのキャラが好きとかそういう話はもう無限に書くことができてしまってキリが無いのですが、正直私が何よりも衝撃を受けたのが、今回のストーリーのテーマとそのラストの展開です。


公開初日に観に行けたのですが、あのラストの衝撃が実は今も結構後を引いてます。なので、居てもたってもいられなくなってブログに書き殴りました。

というわけで、以下、ラストシーンについてのネタバレあり所感です。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』
・映画『ジョン・ウィック:チャプター2』

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カテゴリー: かんたん感想, かんたん感想 -映画

映画『ジョン・ウィック』(1作目)で考える、セリフの反復の効果

久方ぶりにブログを更新したら、もう『ジョン・ウィック:チャプター2』の公開まであと4日後に迫っています。
皆さんいかがお過ごしですか。私は『チャプター2』に備え、日々着々と戦意を高めております。2017年一番楽しみにしている映画です。

1作目の『ジョン・ウィック』に惚れ込んだ理由はいくつもあるんですが(ちなみに感想記事はこちら)、映像面以外のところだと、脚本・セリフ回しのユニークさも気に入っています。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』

今作を観ていると、「相手の言った言葉をほとんどそのまま繰り返すシーン」が多用されていることに気づきます。
例えばこんなシーン。

Viggo: “It’s not what you did, son, that angers me so. It’s who you did it to.”
Iosef: “Who? That fucking nobody?”
Viggo: “That fucking nobody…is John Wick.”

ヴィゴ「お前がやったことを怒ってはいない。問題は相手だ」
ヨセフ「相手? あんなの誰でもねえだろ」
ヴィゴ「その“誰でもない男”は――ジョン・ウィックだ」

相手が最後に言った言葉を受けて、次のセリフを始めています。
これぐらいのテクニックならどの映画でも珍しくないのですが、『ジョン・ウィック』では、この後もかなり意図的かつ頻繁に「セリフの反復」が使われます。

この「セリフの反復」という技法には、以下のような2つの相反する目的で使われると考えてます。

  • (A)自分と相手の視点・意見が同じであることを強調する
  • (B)自分と相手の視点・意見の違いを強調する

一見矛盾してるんですが、『ジョン・ウィック』を観ると、状況によってこの2通りの用法がそれぞれ意味を持って機能しているんです。

まずは、「(A)自分と相手の視点・意見が同じであることを強調する」用法から。

Jimmy: “Evening, John.”
John: “Evening, Jimmy. Noise complaint?”
Jimmy: “…Noise complaint.”

ジミー「やあ、ジョン」
ジョン「やあ、ジミー。騒音の苦情か?」
ジミー「……騒音の苦情だ」

ここではジミーは、肯定の意味としてジョンのセリフを繰り返しています。
このシーンの直前まで、ジョンの家には刺客が送り込まれて銃撃戦が起きていたのですが、住民の通報を受けてやってきた警察官ジミーに対し、ジョンは「騒音の苦情」だろうと言ってのけます。それをジミーも否定していないので、ここでこの言葉は文字通りの意味ではなく、二人の間で通じる一種の隠語になっていることを観客は悟ります。
実際、この映画での警察は、伝説の殺し屋ジョンを完全に恐れており、彼が殺しをしてもお咎め無しで済ませます。まったく仕事しません。

他にもこういったセリフ回しは出てきます。

John: “So when’d the old place get a face-lift?”
Charon: “Around four years ago. But, I assure you sir, she really hasn’t changed much.”
John: “Same owner?”
Charon:”Same owner.”

ジョン「いつ改装したんだ?」
シャロン「4年ほど前に。ですが、大きく変わっていません」
ジョン「オーナーも同じ?」
シャロン「オーナーも同じです

John: “Hey Harry. You keen on earning a coin? Babysitting the sleeping one?”
Harry: “Catch and release?”
John: “Catch and release.”

ジョン「なあハリー、コイン欲しくないか? 子守りを頼む」
ハリー「殺さず放流か?」
ジョン「殺さず放流だ」

単に”Yes”と言って肯定するのではなく、あえて相手の言葉を繰り返すことで、お前の言いたい意味は分かっているぞということを強調する効果があり、同時に観客により印象を残すようなシーンにできます。

現実にコミュニケーションの技法として、相手の言ったことをオウム返しするのは重要と言われています。相手の話をちゃんと聴いてるというアピールで、意識的にせよ無意識的にせよ、私達も普段からそれをしています。
こういうテクニックが挟まっている会話があると、映画にしても小説にしてもリアリティが増します。

一方で、それと正反対の用法が「(B)自分と相手の視点・意見の違いを強調する」用法です。

Avi: “What did he say?”
Viggo: “…Enough.”
Avi: “Oh god…”
Viggo: “Task your crew.”
Avi: “How…, how many?”
Viggo: “How many do you have?”

アヴィ「彼の返事は?」
ヴィゴ「……もういい」
アヴィ「まずい……」
ヴィゴ「部下を集めろ」
アヴィ「な……何人です?」
ヴィゴ「全部で何人いる?」

このシーンで、やや当惑気味の部下アヴィに対し、マフィアのボスのヴィゴの方は、ジョン・ウィックと全面戦争をする覚悟を決めた気持ちで、訊き返しています。
ヴィゴもアヴィも同じ側の人間ではありますが、ここでキャラクターとして視点の違いがあることが滲み出ています。

他にも、この記事の最初に挙げたヴィゴとヨセフの会話も、この(B)の用法に当たるでしょう。

Priest: “Honestlty, what do you think you are going to do with all of this?”
John: “This.”

牧師「金を床にまいてどうするつもりだ?」
ジョン「こうする

ジョンは必要最小限のセリフしか喋らないキャラですが、相手の疑問文にも1単語だけで答えるのが面白いです。(このあと金の山に火を付けます。)

あと、連続したシーンではないのですが、下記もある意味、セリフの反復の一種です。全ての元凶ヨセフがジョンと初対面するシーン。

Iosef: “How much?”
John: “Excuse me?”
Iosef: “How much for the car?”
John: “She’s not for sale.”
Iosef: “…Oh, I love dogs. Everything’s got a price, bitch.”
John: “Not this bitch.”

ヨセフ「値をつけろ」
ジョン「何だって?」
ヨセフ「いくらで売る?」
ジョン「売り物じゃない」
ヨセフ「俺は犬が好きだ。どんなもんにも値がある
ジョン「この犬に値はつけない」

そしてクラブ「レッド・サークル」での壮絶な撃ち合いの後のこのセリフ。

Iosef: “Victor, where the fuck are you?”
John: “Victor’s dead. Everything’s got a price.”

ヨセフ「ヴィクター、てめえどこにいる?」
ジョン「ヴィクターなら死んだ。どんな物事にも代償がある

序盤の何気ないセリフを、映画全体のストーリーを象徴するセリフとして再回収するところが上手いと思います。
最初にこのセリフを言った時のヨセフは、自分の言葉が後でよもやこんな意味を持つことになるなんて思ってもみなかったでしょう。

 
上記で見てきた通り、同じセリフを別の人間が反復するテクニックが劇中たびたび印象的に使われています。が、もちろんどのキャラも同じようにそう話しているわけではありません。
観ていて一つ気づくのは、互いに敵対し合っているキャラの間では、セリフの反復はほぼ全く行われないということです。

今までいくつかシーンを挙げてきましたが、逆に言うとこれら以外のシーンの会話は、ほとんど全て通常のやり取りです。単純にYes/Noで答えたり、違う言葉を使ったり、会話自体が一方通行であったり。
むしろ、相手の使った単語を意識して避け、違う言葉を使いたくなるというのが人として自然でしょうか。

よく考えてみれば、そもそもコミュニケーションが敵対的な相手に、理解を示してやる道理は無いわけです、(A)の用法のように。
また、敵対していることが分かりきっている以上、(B)の用法のように視点の違いを強調する必要もありません。
だからそんな人間同士の会話には、セリフの反復の余地は生まれないのだとも考えられます。

そういう前提で観ているとより興味深くなるのが、『ジョン・ウィック』のクライマックスシーンです。
マフィアの下っ端達を文字通り全滅させた後、雨の降りしきる港で一騎打ちを始めようとするジョンとヴィゴの間の会話。

Viggo: “No more guns, John! No more bullets!”
John: “…No more bullets.”
Viggo: “Just you and me, John.”
John: “…You and me.”

ヴィゴ「もう銃は使うな、ジョン。弾は要らない!」
ジョン「……弾は要らない」
ヴィゴ「お前と私で勝負だ」
ジョン「お前と俺でな」

これまで幾度となく憎み合う敵同士として相対し、互いに殺しの上に殺しを重ねてきた末のこのセリフです。
なんでしょう、このやり取りには、何か敵同士でありながら二人の間で通じ合うものが生まれ始めているのを感じさせます。
それを端的に観客に示すためのテクニックがセリフの反復の効果です。ここまで数々のシーンで使われてきたことが、ここに来てとても意味を持ってきます。きっとそれを織り込んだ上の脚本でしょう。

そして、闘いに決着がつき、互いに致命的な傷を負って最後に交わされる会話がこれ。

Viggo: “Be seeing you, John.”
John: “Yeah…, be seeing you.”

ヴィゴ「また会おう、ジョン」
ジョン「ああ……、また会おう

個人的にこの映画で一番好きなセリフです。
主人公と悪役という敵対する者同士、今際の際で同じ運命を辿ることを悟っています。ある意味王道的で、簡潔で、そして深い余韻。
死にゆく人間達が「また会おう」と言うことの意味については、今更触れる間でも無いでしょう。

アクションだけでも十二分に評価される『ジョン・ウィック』ですが、こんな風に会話シーンに注目してみても学べるものがあると思います。
一見シンプルに見えても、さりげなさの中にテクニックというものは隠されています。むしろどれだけさりげなく見せられるかが脚本の妙味でしょう。

と、こんなユニークな会話シーンがきっと7月7日公開の『ジョン・ウィック:チャプター2』にもあると信じていますので、これから次回作を観る方も、そこに注目してみるともっと楽しくなるかも……しれません。
 
※これを書いてる間の2017年6月27日、ヴィゴ役のミカエル・ニクヴィストが亡くなりました。上述した最期の会話シーンが私には特に印象的で、もっと他の映画でもそんな演技を観たいと思っていただけにとても残念です。RIP……。

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映画『ジェイソン・ボーン』(2016) (かんたん感想)

色々あってブログの更新がとんでもなく久しぶりになってしまいましたが、この映画のために戻ってきました。

あらすじ

ギリシャとアルバニアの国境地域。かつて記憶喪失だった元CIAの暗殺者ジェイソン・ボーン(演:マット・デイモン)は、地下格闘技のプレーヤーとなり、目的の無い逃亡生活を送っていた。
一方アイスランド・レイキャビクでは、ボーンと同じくCIAを離反した元エージェント、ニッキー・パーソンズ(演:ジュリア・スタイルズ)が、あるコンピューターを使用してCIAのネットワーク内部に侵入し、極秘作戦に関するファイルのダウンロードを始める。ハッキングを検知したCIA本部では、ヘザー・リー(演:アリシア・ヴィキャンデル)が侵入元を特定すると、ニッキーのUSBメモリにマルウェアを送り込み、ニッキーのいる建物の電力供給を絶った。
CIA長官のロバート・デューイ(演:トミー・リー・ジョーンズ)は、ハッキングの被害を重く見て、ニッキーの暗殺を指令。ヘザーはその作戦の指揮を志願し、ギリシャ・アテネへと飛んだニッキーを本部から追跡する。その頃、アテネにいたボーンは、ニッキーからシンタグマ広場で落ち合うようメッセージを受ける。アテネ中心市街では、市民による政府へのデモ活動が始まろうとしており、続々と人が集まっていた。
CIAの現地工作員がニッキーの姿を捜している中、ボーンは数年ぶりにニッキーと再会する。ニッキーは、ボーンの父親がトレッドストーン作戦――かつてボーンを暗殺者に改造した作戦――の初期に関わっていたことを知らせる。ボーンは、父親はただの分析官であり、作戦とは無関係だったと否定するが、ニッキーによれば、ボーンがトレッドストーンへ自ら志願するずっと前から、彼はCIAに監視されていたという。動揺を見せるボーンだったが、CIAに見つかったことに気づき、暴徒化したデモ隊が荒れ狂うアテネで、ニッキーと逃走を始める。
だが、二人のすぐ近くに、デューイから指示を受けた暗殺者(演:ヴァンサン・カッセル)が迫っていた――。

レビュー

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『ジョン・ウィック』は「映画の皮をかぶったゲーム」なのか

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』

殺し屋もの映画の系譜の中で、『ジョン・ウィック』は独特な裏社会の設定と、変にリアリティのあるアクションが絶妙な具合でマッチした映像を生み出すことに成功しています。
ゼロ年代の代表的な殺し屋映画が『ボーン・アイデンティティー』に始まるボーン三部作だとしたら、10年代なら今のところ、間違いなく『ジョン・ウィック』でしょう。(しかも2017年に続編が控えているとか。)(そしてボーンの方も2016年夏に新作『ジェイソン・ボーン』が公開されますが…。)

ところで、『ジョン・ウィック』のアクションについて、海外のニュースサイトで興味深いレビューを見つけました。
タイトルはずばり、「『ジョン・ウィック』は、映画の皮をかぶったただのテレビゲームである」

Chris Hicks: ‘John Wick’ is just a video game disguised as a movie -the Deseret News
http://www.deseretnews.com/article/865614322/6John-Wick7-is-just-a-video-game-disguised-as-a-movie.html?pg=all

内容を以下に日本語で要約します。

1986年の映画『トップガン』は、公開当時大ヒットを記録した。映画館で鑑賞した観客にとっては、それは70ミリのワイドスクリーンとサラウンドの音響による、信じられないほど本能的な映画体験だった。それから30年経った今でも、『トップガン』の影響は、特にテレビゲームのように感じるアクション映画において根強い。ゲームのように感じる映画があるとすれば、それは『ジョン・ウィック』だ。

「特殊なスキルを持った」孤独な男というのは、『96時間』よりも以前からアクションジャンルで流行ってきた設定だ。だが、殺人マシーンの能力の描写は、時代を経るにつれより凄惨になっていった。『ジョン・ウィック』は、『イコライザー』(デンゼル・ワシントン主演)と『誘拐の掟』(リーアム・ニーソン主演)という2つのR指定作に続いて公開された。これらの作品は暴力的だが、中でも『ジョン・ウィック』は独特だ。ジョンは何十人もの悪者に文字通り立ち向かい、マーシャルアーツの動きで倒しながら、一人ひとりを素早い銃撃の連続で殺していく。

『ジョン・ウィック』は、テレビゲームから意識的にヒントを得ているのではないだろうか。こんにち、人間をターゲットとして、銃撃の連続の中でできるだけ多くを倒していくゲームはたくさんある。『ジョン・ウィック』の劇中には、ジョンが殺しの準備をしている時に、悪役の一人がまさにこの手のゲームをしているシーンがある。この映画は、まさにゲーマー達に直接訴えかけるように作られた映画に見える。

初めて『トップガン』を観た時、筆者はいくつかの場面で、まるで他の誰かがゲームをしているのを観ているかのように感じたことを覚えている。『ジョン・ウィック』はそのデジャブだった。

レビューはあくまで一個人のものですが、「『ジョン・ウィック』はゲーム的である」という意見に関しては、実は私も少し似たようなことを思ってました。
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映画『ジョン・ウィック』  (かんたん感想)

映画の当たり年である2015年。ある意味で一番楽しみにしていたかもしれない映画が、実はコレでした。(本気です。)
公開初日には観に行けませんでしたが、IMAXでたっぷり堪能してきましたよ!

イントロダクション

裏社会から足を洗った元殺し屋が、愛犬を殺し愛車を奪ったロシアンマフィアを相手に復活し、一人で本気の復讐をかけるアクション映画。

監督のチャド・スタエルスキーはスタントマンの経歴があって、キアヌ・リーブスとは既に『マトリックス』や『コンスタンティン』の頃からの付き合い。実際に身体を張った経験がある人の監督というだけでも興味湧きます。

そして、主演がそのキアヌ・リーブス。正直ここ数年、お世辞にもヒット作に恵まれてるとは言い難い状況だったのが、この作品で名実ともに「復活」。実際、主人公のキャラクターを考えても、彼以外に似合う俳優が思い浮かびません。(でも正直あの髪型は……)
ジョンに追い回されるマフィア役にはミカエル・ニクヴィストアルフィー・アレン。ニューヨークの独特な裏社会の面々には、エイドリアンヌ・パリッキイアン・マクシェーンパトリック・ケリー(『コマンドー』のサリーの人……!)。そして、重要な脇役としてウィレム・デフォーも。

アメリカでの公開が2014年10月24日。日本では遅れに遅れて2015年10月16日。(日本の配給会社は1年も何やってたのか……。)

あらすじ

ニューヨーク・マンハッタンのある港の倉庫に、血まみれになった男、ジョン・ウィック(演: キアヌ・リーブス)が辿り着く。歩くことすらできないほど衰弱した彼は、道に座り込むと懐から携帯電話を取り出し、彼の妻ヘレン(演: ブリジット・モナハン)との思い出の動画を再生し始めた。
数日前のこと。5年間付き添ってきたヘレンが、重い病のため息を引き取った。一人深い悲しみに暮れるジョンだったが、埋葬の日の夜、ある贈り物が届く。それは、1匹の犬だった。添えられた手紙にはヘレンの字で、自分が先立つことで孤独になってしまうジョンのことを案じ、愛することができる存在を見つけられるように贈る、とあった。ジョンはその犬をデイジーと名付け、大切にした。
翌朝、彼はデイジーと共に、愛車の69年式フォードマスタングに乗り、外出する。立ち寄ったガソリンスタンドで、ロシア語を話す不良風の若者に絡まれ、「車を売ってくれないか」と言われる。ジョンはその言葉を突っぱねて、その場を立ち去った。
深夜、ジョンと共に寝ていたデイジーが急に目覚め、吠え始める。不審に思い自宅の寝室を出たジョンは、そこで突然複数の男に殴られる。男達は車のキーを探して家を荒らしまわり、そしてジョンの目の前でデイジーを殴り死なせてしまう。男の一人は、ガソリンスタンドでジョンに絡んだ若者だった。殴られて気絶したジョンは翌朝、マスタングが奪われてしまったことを知る。
若者は奪った車でとある自動車整備場に乗り入れ、車の登録情報を偽造しようとした。整備場のオーナー、オーレリオ(演: ジョン・レグイザモ)はその車を見るなり、「どこでその車を見つけた」と若者を殴りつけて帰らせる。その後ジョンがオーレリオの元を訪れ、若者の正体がロシアンマフィアのボスの息子、ヨセフ(演: アルフィー・アレン)であることを知る。
一方、ヨセフは、父のヴィゴ(演: ミカエル・ニクヴィスト)に呼び出され、車を誰から奪ったのかと問い質される。そしてヴィゴは、犬の飼い主であり車の持ち主であったジョン・ウィックは、かつて暗黒街の殺し屋を始末する「伝説の殺し屋」だったことを語り始める――。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』

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