タグ別アーカイブ: ジョニー・デップ

2016年1月観た映画4本 『ブリッジ・オブ・スパイ』他(かんたん感想)

色々あってブログの更新が止まっておりました。
もう2月も半ばを過ぎてますが、1月に観てきた映画の分の感想を書けたのでまとめてアップします。というわけで、以下に観た順に一つずつ。いずれもネタバレ無しです。

『ブリッジ・オブ・スパイ』

あらすじ

1957年、ニューヨークのブルックリン。アトリエで絵を描いていたある中年の男性、ルドルフ・アベル(演: マーク・ライランス)のもとに電話がかかる。アベルは外に出かけるが、彼はFBIに尾行されていた。アベルがホテルの部屋に入ると、そこへFBIの捜査官達が一斉に突入し、彼をソビエト連邦のスパイとして逮捕する。
ジム・ドノヴァン(演: トム・ハンクス)は、保険の分野を専門としている弁護士。しかしある日、ジムはアベルの弁護人として推薦されることになる。かつてジムは刑事裁判も担当したこともあり、その優秀な能力を買われていた。アメリカ国内のあらゆる人間がアベルを敵視しており、どうやっても極刑は免れない裁判になることを知りつつも、ジムは彼の弁護人となる。
ジムは、後に万が一ソ連でアメリカ人がスパイとして囚われることがあった時のために、アベルを”交換用”の捕虜として生かしておくことを考えるが、周囲はそれを受け入れない。敵国のスパイを弁護するジムは、時には匿名の脅迫を受けながらも、合衆国憲法を根拠に、アベルにもアメリカ人としての権利を認めるよう訴える。そして、訪れた判決の日。裁判長への根気強い説得が功を奏し、奇跡的にアベルの死刑を回避することに成功する。
しかしその頃、CIAの作戦に参加していたあるアメリカ人パイロットが、ソ連領内で撃墜され、囚われの身となっていた。間もなく、東側にいるアベルの妻から、ジム宛てに手紙が届く。それは、夫のアベルを、捕虜のアメリカ人パイロットと交換して東側に返してほしいと頼むものだった。CIAはそれを受け、ジムにスパイ交換の交渉人となるように依頼する。交渉の地は、東ベルリンだった――。

レビュー

冒頭の、BGMが無く台詞もほとんど無い尾行シーンから既に最高です。とても地味で静かな(そしてスパイ向きの)中年男性。地下鉄に入り、カメラが徐々に後ろに移っていって、アベルが追われる人間であることが分かります。
河畔でベンチに座って、イーゼルの高さを調節してるように見せかけてこっそりコインを取る手元。ホテルのカミソリで慎重にそのコインを開く手元。FBIに部屋中を捜索されているその最中に、堂々と、しかし落ち着いて証拠を隠滅するその手元。手元をよく映すスパイ映画は名作(※個人の感想です。)

それにしても、主演のトム・ハンクスが画面に映っている時の、あの何とも言えない安心感たるや。彼自身が孤立無援の状況にある中、それでも人命を助けようとする信念。冷たい戦争の真っただ中にあっても、彼のキャラクターの存在が、この映画に温かい人間の血を通わせています。スパイ映画としても、人間ドラマとしても記憶に残る作品でした。
続きを読む

広告

コメントする

カテゴリー: かんたん感想 -映画

映画『トランセンデンス』を観てみた (かんたん感想)

5月の頃、当時書いていた小説の内容に関して、ネット上でいろいろ調べものをしていたところ、とあるニュースサイトの記事を読んでこの映画の存在を知りました。
詳しくはリンク先を参照してもらうとして、私がその時何を調べていたかというと、人工知能の理論や技術の現在について、です。
ちょうど高度な人工知能が登場するSFものを書いていたところだったので(念のため作品名は伏せますが)、この映画の内容にも俄然興味が湧いてきたのでした。個人的タイムリー。

映画『トランセンデンス』ポスター

映画『トランセンデンス』ポスター

映画『トランセンデンス』公式ホームページ http://www.transcendence.jp/

イントロダクション

製作総指揮にクリストファー・ノーラン(映画『ダークナイト』シリーズ、『インセプション』など)を迎えて作られた、SFサスペンス。ノーランといえば、今度公開される『インターステラー』などのように、SFに強いイメージがあります。
監督は、ノーラン作品で撮影監督を務めてきたウォーリー・フィスター。今作で監督デビュー。
そして、主演には、お馴染みジョニー・デップ。個人的にすっかりディズニー作品やティム・バートン作品の専属俳優というイメージが付いてしまったのですが、今作では、コンピューターに意識を移植される人工知能学者を演じます。ヒロインにはレベッカ・ホール(ノーランの映画『プレステージ』に出演)。脇役にはポール・ベタニーケイト・マーラ、そしてやはりノーラン作品でもお馴染みのキリアン・マーフィーモーガン・フリーマンなど、安定のメンバーを揃えます。
米国での配給はワーナーで、公開は2014年4月18日。日本での公開は同年6月28日。

あらすじ

“5年前”、人工知能学者ウィル・キャスター(演: ジョニー・デップ)は、同じく研究者であり、妻であるエヴリン(演: レベッカ・ホール)と共に、最先端の人工知能PINNの開発に携わっていた。ある日、夫婦は人工知能が作る未来についての講演会で、共同研究者である神経生物学者のマックス(演: ポール・ベタニー)と会い、共に講演する。マックスらは、高度に進化したコンピューターが、病気や貧困などの問題を解決してくれると信じていた。そしてウィルは、コンピューターが人間の知性の限界を越えて進化する瞬間、「トランセンデンス」の可能性を解説した。
一方、テクノロジーの発達が人類を破滅に導くと信じるブリー(演: ケイト・マーラ)が率いる過激派組織R.I.F.T.は、人工知能研究などに関わる重要な研究者らを同時多発的に襲撃。講演会を終えたウィルも、彼らが放った銃弾に倒れる。何とか一命を取り留めたウィルだったが、銃弾に含まれたポロニウムが既に彼を汚染しており、あと数週間の命だと分かる。
ウィル達夫婦は、PINNの研究をやめて残りの時間を共に過ごそうとしたが、エヴリンは、襲撃によって死亡した研究者の一人が、サルの意識をコンピューターに移すことに成功していたことを知る。僅かな可能性に賭けて、彼女はPINNのコアを用いてウィルの意識をコピーしようとする。当初反対していたマックスも結局協力し、ウィルの精神の移植作業が進む。ウィル本人の死亡後、エヴリンとマックスは彼の意識を再現しようと試みるも、解析に失敗したと判断。しかし、データを消そうとする寸前で、画面に独りでに文字が浮かび上がった。
“誰かいるのか?”

レビュー

未来の限界

何となく、本当に何となくですが、最近のSFが描く未来は、より近くなっているように感じています。
去年見てこのブログでも紹介した映画『エリジウム』も、今の世界の貧富の格差をSF世界に落とし込んだ作品でした。現在私が読んでいる、宮内悠介の小説『ヨハネスブルグの天使たち』(2013年)も、”今”の世界の紛争、民族問題、宗教問題、貧困が保存された近い未来を描いています。もう少し遡って、日本のSF界に影響を与えた、伊藤計劃の小説『虐殺器官』(2007)も、9.11を引きずる高度な管理社会を描き出しています。

もちろん、こんな少数の例を取り出してもしょうがないです。ただ今の私達が想像する未来が、50年前の人々が想像していた未来とどれくらい質的に異なってきたかを考えてみる価値はある、と言いたいだけです。アポロ11号が月面着陸を果たす前年の1968年、映画・小説『2001年宇宙の旅』を観た・読んだ人々は、「2001年」という未来に対してどんな感覚を持っていたのでしょうか。1974年当時、宇宙戦艦ヤマトが発進する「2199年」を知った人々は、数十年後をどんな風に想像していたのでしょうか。
本当のところは当時を知る人に聞いてみるのが一番ですし、昔の人の未来予想図とかをググってみるしかないかもしれません。

でも、想像もつかないほど離れた、隔絶された未来というのは、もうだんだん創られなくなっている気がします。理由は色々ある気がしますが、現に今ある科学がそれに追い上げてきているのかもしれません。
私達が持っているスマートフォンは、どこでも気軽にネットに繋いで情報をやり取りすることを可能にし、人間とコミュニケーションできる人工知能も当たり前に搭載しています。ソフトバンクは「感情を認識できる」と謳ったロボットを展示しています。Googleは自動で運転するクルマを作っていますし、その他のIT企業はウェアラブル・デバイスの普及に向けてまい進しています。
どれも20世紀に想像された未来かもしれません。でももう実現しています。こういったものを既に受け入れている私達は、次にどんな未来を想像できるんでしょうか。

この映画はいわゆる「シンギュラリティ」を描いており、一説にはそれが2045年に来ると予想されています。
私達はこれより先の未来を想像できるのでしょうか? 劇中でウィルが説明したように、「人間の知性の限界はここ130万年の間、変わっていない」のに、人間の知性を越えてコンピューターが発達するとされる世界を、本当に私達は予想できるのでしょうか?
この映画は、未来から刻々と迫る、人間の想像力の限界(リミット)に挑んでいる、意欲的な作品だと思います。

決断について

〈!ネタバレあり Spoiler Alert!〉
映画『トランセンデンス』
続きを読む

コメントする

カテゴリー: かんたん感想, かんたん感想 -映画