映画『ジェイソン・ボーン』(2016) (かんたん感想)

色々あってブログの更新がとんでもなく久しぶりになってしまいましたが、この映画のために戻ってきました。

あらすじ

ギリシャとアルバニアの国境地域。かつて記憶喪失だった元CIAの暗殺者ジェイソン・ボーン(演:マット・デイモン)は、地下格闘技のプレーヤーとなり、目的の無い逃亡生活を送っていた。
一方アイスランド・レイキャビクでは、ボーンと同じくCIAを離反した元エージェント、ニッキー・パーソンズ(演:ジュリア・スタイルズ)が、あるコンピューターを使用してCIAのネットワーク内部に侵入し、極秘作戦に関するファイルのダウンロードを始める。ハッキングを検知したCIA本部では、ヘザー・リー(演:アリシア・ヴィキャンデル)が侵入元を特定すると、ニッキーのUSBメモリにマルウェアを送り込み、ニッキーのいる建物の電力供給を絶った。
CIA長官のロバート・デューイ(演:トミー・リー・ジョーンズ)は、ハッキングの被害を重く見て、ニッキーの暗殺を指令。ヘザーはその作戦の指揮を志願し、ギリシャ・アテネへと飛んだニッキーを本部から追跡する。その頃、アテネにいたボーンは、ニッキーからシンタグマ広場で落ち合うようメッセージを受ける。アテネ中心市街では、市民による政府へのデモ活動が始まろうとしており、続々と人が集まっていた。
CIAの現地工作員がニッキーの姿を捜している中、ボーンは数年ぶりにニッキーと再会する。ニッキーは、ボーンの父親がトレッドストーン作戦――かつてボーンを暗殺者に改造した作戦――の初期に関わっていたことを知らせる。ボーンは、父親はただの分析官であり、作戦とは無関係だったと否定するが、ニッキーによれば、ボーンがトレッドストーンへ自ら志願するずっと前から、彼はCIAに監視されていたという。動揺を見せるボーンだったが、CIAに見つかったことに気づき、暴徒化したデモ隊が荒れ狂うアテネで、ニッキーと逃走を始める。
だが、二人のすぐ近くに、デューイから指示を受けた暗殺者(演:ヴァンサン・カッセル)が迫っていた――。

レビュー


 

「彼」は帰ってきた

このブログでは何度も取り上げてきましたが、私は『ボーン』シリーズの大ファンです。
『ボーン』は自分にとってまさに映画の原点で、アクションやスパイものの世界に自分を導いてくれました。
色々な映画を観てきましたが、ジェイソン・ボーンというキャラクターは自分の中で不動の存在です。孤独で、自分の犯した罪を悔やむ、人間味のある元殺し屋。殴り合いでは誰にも負けず、思わず舌を巻くような手段で追っ手を出し抜き、決して誰にも捕まらない。
ボーンは私にとって、自由を象徴する永遠のヒーローのような存在です。

ところがこのシリーズのことを知ったのは、シリーズの公開がとっくに終わった数年後でした。DVDでなら数えきれないくらい繰り返し観ました(『アルティメイタム』のDVDディスクの裏面に跡が残るくらい再生しました)が、映画館で観たことはありませんでした。
(『ボーン・レガシー』は劇場で観ましたが……、まあ置いときましょう。)
もうリアルタイムで映画館でジェイソン・ボーンを観られることは無いかも、なんて思ってました。

結局はこの通り、マット・デイモンとグリーングラス監督が再結集し、まさかまさかの続編が出来ています。この2016年一番期待していた映画です、間違いなく。
ただ、正直なところ、心の底では不安もありました。前三部作を超えるような出来のものが本当に観られるのか? そして、あれだけ前作が完璧な形で閉じたのに、なぜ今になってボーンは復活するのか?

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジェイソン・ボーン』

実際に映画を観始めて、まず一つ目の不安は杞憂だったとすぐ分かりました。
今回の事件となるニッキーのハッキングシーン。矢継ぎ早にセリフが飛び交うCIAの作戦室の雰囲気とか、ああまさしくボーン映画だ!と感じます。ニッキーも銃を持って、前作よりさらに肝が据わった印象。
アテネでニッキーの背後にいつの間にか立っているボーン。このシリーズでお約束の登場の仕方を観た時、ようやくボーンが復活したと感じました。
そして始まる尾行シーンからのバイクチェイス。暴動が始まりカオスと化した街の映像のエネルギーと、入り組んだ路地を走るバイクを主観視点で追いかける映像のスピード感……!

間違いなく『ジェイソン・ボーン』は、ボーンシリーズの「4作目」になっていました。

“Pardon Bourne”

さて、劇中にも言われている通り、これは明らかにポスト・スノーデンの世界の作品です。

初めてエドワード・スノーデンの内部告発のニュースを観た時、私は『ボーン・アルティメイタム』が現実になったと思ってました。NSAと英国GCHQによる大量監視、PRISM計画、などなど。
世界中にその秘密を暴露したスノーデンは、市民からは命がけのヒーローとして評価され、一方政府からは国家を危険に晒した犯罪者として糾弾される。現在もロシアに実質的に亡命しています。

ちょうど『ジェイソン・ボーン』が日本で公開される前の9月、アメリカで“Pardon Snowden”(スノーデンに恩赦を)というキャンペーンが始まりました。(実際のキャンペーンページ→https://www.pardonsnowden.org/
オバマ大統領が任期満了で退職するまでにスノーデン氏に恩赦を与えてくれるよう、請願を集めるキャンペーンです。
今まさに、アメリカは選択を迫られている時です。国家の嘘を暴くために立ち上がった一人の男のことを、許すべきなのか、罰するべきなのか。彼のことを愛国者と思うべきか、それとも裏切り者と思うべきか。

今回の『ジェイソン・ボーン』は、まさにその世相に合わせている作品です。
大手ネットサービスもSNSも、中に政府のスパイがいるかもしれなくて、今やどんなところから情報を盗られているか分からない時代。ディープドリームなるソーシャル・アプリ・サービスが劇中に登場していますが、社長が裏でCIAに従わされているのも、PRISM作戦を象徴する要素です。
今回のボーンの因縁の宿敵となるアセット(演:ヴァンサン・カッセル)については、『アルティメイタム』の後にシリアで拘束されて拷問を受け、その原因を作ったボーンを恨んでいるという設定に、結構説得力を感じました。内部告発によって社会の人は真実を知ることができますが、一方それによって仕事や財産を失う人もどこかで出てきます。彼にとって、ボーンは裏切り者です。

ヘザーを始めCIAの人間は、たびたび「愛国者」という言葉を使って、ボーンをアメリカへ引き戻そうと試みます。その様子を見て、私はようやくこの続編の存在意義が分かった気がしました。
第4作目『ジェイソン・ボーン』は、まさに「ジェイソン・ボーン」という存在の是非を改めて問うための続編になっていたと思います。
そしてそれが可能になったのも、スノーデンという人物が現実に登場し、世相が変化したからだと思います。

自分の過去の記憶の真実を追い求めて、権力と戦う。私達観客にとってそれはヒロイックな行為に映ります。でも、別の一面では、自分達の住む国そのものを危険に晒している行為なのかもしれない。
だからこそ、ボーンという存在を許すべきか、罰すべきか。アクションヒーローとしてすっかり慣れ親しんだキャラだからこそ、今一度考えるべき時期に差し掛かっています。
これがこの映画がやりたかったことなのでしょう。だから、ボーンの新しい過去の真実について、正直そんなにインパクトを感じないというか、多少の蛇足感があっても別に良いと思います。ボーンを再び戦いの世界に戻すだけの理由は必要でしたから。

愛国者と言われ、裏切り者とも言われ、ボーンは今後どこへ向かうのか。
でも、私自身はボーンが再び権力の側につく展開は観たくありません。話の展開によっては、でもそんなこともありえてしまうのではと、ドキドキしながら観ていました。
でも最後の最後で、ボーンは彼なりのやり方で答えを返してくれます。
私はシビれました。ああやっぱり、ボーンはいつでも自由なのだと。

そして流れ出すいつものあのエンディング曲……。
もう何も言うことはありません。
4作目を観た後、改めてこのシリーズは自分の生涯ベスト級の映画になりました。

雑感

“You Know His Name”について思うこと

この映画の初期からの公式キャッチコピーは、“You Know His Name”
正直なところ、これを最初に見た時は若干の違和感がありました。まるでジェイソン・ボーンではなく、ジェームズ・ボンド映画のコピーみたいだと思ったからです。(『007/カジノ・ロワイヤル』のオープニング曲の名前は、”You Know My Name”)

以前もブログに書いたことがあるのですが、私は、ジェームズ・ボンドとは自分の名前を宣言するキャラであり、反対にジェイソン・ボーンとは自分の名前を否定するキャラだと考えています。
ボンドの決め台詞の一つは「名前はボンド、ジェームズ・ボンド」(“The name is Bond, James Bond)で、彼は自分の存在を世界に知らしめます。
一方、ボーンが『アルティメイタム』のクライマックスで放ったセリフは、「もう俺はジェイソン・ボーンではない。」(“I am no longer Jasoon Bourne,”)です。

確かに彼はジェイソン・ボーンではない。でも私達が知っているのは結局「ジェイソン・ボーンとしての彼」しかない。そう思えば、このキャッチコピーもある意味では皮肉にも聞こえます。
実際に観た今なら分かりますが、今作はジェイソン・ボーンという存在の再肯定が目的ではなく、その行為を問い直すことが目的です。そのためにもう一度ジェイソン・ボーンという名前を思い出す必要がある、ということかもしれません。

「ソフトリブート」としての『ジェイソン・ボーン』

近年使われ始めているらしい映画用語で、「ソフトリブート」というのがあります。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や、『ジュラシック・ワールド』、『スター・ウォーズ エピソードⅦ フォースの覚醒』なんかがそれに当てはまると言われています。
要するに、今の新しい世代に向けてブランドを展開し、かつ前作までのシリーズのテイストもしっかり受け継いでいる作品です。リメイクではなく、かつ完全に設定を一新しているリブートでもない、その間をとるような作品。

『ジェイソン・ボーン』も、やはり過去作のリフレインとも言えるシーンがたくさん見られます。待ち合わせしている人の背後にいきなりボーンが現れるところ。デモ活動をしている一般市民に紛れて監視の目を逃れるところ。行動を共にしていた女性が狙撃によって殺されるところ。アラームを一斉に鳴らして人の注意を逸らすところ。黒幕であるCIAの人間に銃を突き付けて脅すところ。ボーンが現役暗殺者と一対一で殴り合い、敵の持つ刃物を何かの道具ではたき落とすところ……。
この作品から初めてボーン映画に触れる人も相当いるでしょうが、それでもこの作品は十分楽しめると思います。もはや今作から「記憶を取り戻す」要素は無くなりますが、色々な情報を辿って過去の事件の真相にたどり着く、という筋書きは変わっていません。
この映画もある意味、映画産業の流行に乗った形で作られたのかもしれませんが、結果的に第4作目として成立しているので、それも悪くは無いと思います。

あと、日本国内でのCMでやたらと「〈新章〉始動」」という宣伝をしてましたが、別にあのエンディングは続編があっても無くても成立するものです。ただ、スタジオ的にもこれは成功が見込めるシリーズだし、続きもありえなくはないかもしれません。でももしそうなったら、それこそ本当に続編としての存在意義が問われることになるでしょう。
マット・デイモンとポール・グリーングラス監督が関わる限り、中途半場な答えにはならないと信じてはいますが……。

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カテゴリー: かんたん感想 -映画

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