『ジョン・ウィック』は「映画の皮をかぶったゲーム」なのか

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』

殺し屋もの映画の系譜の中で、『ジョン・ウィック』は独特な裏社会の設定と、変にリアリティのあるアクションが絶妙な具合でマッチした映像を生み出すことに成功しています。
ゼロ年代の代表的な殺し屋映画が『ボーン・アイデンティティー』に始まるボーン三部作だとしたら、10年代なら今のところ、間違いなく『ジョン・ウィック』でしょう。(しかも2017年に続編が控えているとか。)(そしてボーンの方も2016年夏に新作『ジェイソン・ボーン』が公開されますが…。)

ところで、『ジョン・ウィック』のアクションについて、海外のニュースサイトで興味深いレビューを見つけました。
タイトルはずばり、「『ジョン・ウィック』は、映画の皮をかぶったただのテレビゲームである」

Chris Hicks: ‘John Wick’ is just a video game disguised as a movie -the Deseret News
http://www.deseretnews.com/article/865614322/6John-Wick7-is-just-a-video-game-disguised-as-a-movie.html?pg=all

内容を以下に日本語で要約します。

1986年の映画『トップガン』は、公開当時大ヒットを記録した。映画館で鑑賞した観客にとっては、それは70ミリのワイドスクリーンとサラウンドの音響による、信じられないほど本能的な映画体験だった。それから30年経った今でも、『トップガン』の影響は、特にテレビゲームのように感じるアクション映画において根強い。ゲームのように感じる映画があるとすれば、それは『ジョン・ウィック』だ。

「特殊なスキルを持った」孤独な男というのは、『96時間』よりも以前からアクションジャンルで流行ってきた設定だ。だが、殺人マシーンの能力の描写は、時代を経るにつれより凄惨になっていった。『ジョン・ウィック』は、『イコライザー』(デンゼル・ワシントン主演)と『誘拐の掟』(リーアム・ニーソン主演)という2つのR指定作に続いて公開された。これらの作品は暴力的だが、中でも『ジョン・ウィック』は独特だ。ジョンは何十人もの悪者に文字通り立ち向かい、マーシャルアーツの動きで倒しながら、一人ひとりを素早い銃撃の連続で殺していく。

『ジョン・ウィック』は、テレビゲームから意識的にヒントを得ているのではないだろうか。こんにち、人間をターゲットとして、銃撃の連続の中でできるだけ多くを倒していくゲームはたくさんある。『ジョン・ウィック』の劇中には、ジョンが殺しの準備をしている時に、悪役の一人がまさにこの手のゲームをしているシーンがある。この映画は、まさにゲーマー達に直接訴えかけるように作られた映画に見える。

初めて『トップガン』を観た時、筆者はいくつかの場面で、まるで他の誰かがゲームをしているのを観ているかのように感じたことを覚えている。『ジョン・ウィック』はそのデジャブだった。

レビューはあくまで一個人のものですが、「『ジョン・ウィック』はゲーム的である」という意見に関しては、実は私も少し似たようなことを思ってました。

 
『ジョン・ウィック』は、銃を手に持ちつつ近接格闘で敵を倒しまくる「ガン・フー」アクションが目を引きますが、個人的には「ヘッドショットへのこだわり」も大きな特徴と感じます。
劇中、ジョンが銃撃によって殺した敵の人数は59人。このうち、頭へ銃弾を撃ち込むヘッドショットによってとどめを刺した人数は、実に47人。率にしたら79.7%。もしかしてアクション映画史において一番高いヘッドショット率なのでは。(明確にそうと分かるもののみ数えています。人によって数え方は変わるかも。)
なぜこの映画はここまでヘッドショットを気にするのでしょうか。
上記にある通り、あまりにもゲームに見慣れてしまった現代で、このようなアクションを観た時、どこかゲーム的な文脈も感じそうになります。

『ジョン・ウィック』の銃撃シーンの特徴は、ジョンの肩越しでの構図が多いことだと思います。
中盤にある、教会の駐車場での銃撃シーン。いわゆるTPS(サード・パーソン・シューティング)ゲームっぽい構図にも見えるところがないでしょうか。

参考までに、一般的なTPSゲームにおける肩越しの構図↓
METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN_20160403104739
METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN_20160403105414
(手持ちの中でスクショを撮れるゲームが『メタルギアソリッドⅤ ファントム・ペイン』だけでした)

上記にもある通り、映画の後半では、ヨセフの隠れ家でFPS(ファースト・パーソン・シューティング)ゲームをしている描写があります。(IMDbによれば”Dust 514″というゲームらしいです。)ある映画の中でゲーム画面が大きく映されている時、その映画はゲームから何らかの影響を受けていることを認めていると見て良いと思います。
銃を撃つシューティングゲームにおいて、ヘッドショットは大抵高いスコアが付きます。その手のゲームに慣れている人にとって、ヘッドショットは決まれば「嬉しい」ものです。そういう感覚を知ってる人からすれば、ヘッドショットを決めて確実かつ正確に敵を殺していくジョンのやり方は非常に合理的に見えます。
少なくとも観客でそういう人が多数派ではなかったとしても、映画を作る側がそのゲームを文脈を踏まえているということは、ありえなくはない話です。

昨今、ゲームが映画化することも、映画がゲーム化することも、それぞれ毎年のように行われています。一方で、「映画みたいな」ゲームというのも増えてきています。グラフィックが実写と見まがうほどに綺麗になり、カメラの構図も映画的になって、ストーリーもボリュームがあって……などなど。日本で言えば『メタルギアソリッド』シリーズであったり、海外なら『ラスト・オブ・アス』など。いわゆる「遊べる映画」です。

それに対して、「ゲームみたいな」映画というのは、例が思い浮かびません。「ゲームをテーマにした」映画というものならありますが、、ゲームならではの「スタイル」を取り入れている映画というのは、寡聞にして知りません。
『ジョン・ウィック』は原作を持たないオリジナル作品ですが、過去の様々なアクション映画の系譜に続くのと同様に、当たり前のように「ゲーム的」な作り方を映画内に取り入れているのではないでしょうか。

オペラ、演劇、小説、詩、コミック、絵画、音楽など、他の形態の作品に影響されて映画が作られていることはたくさんありました。
それに加わる形で、ゲームというメディアを一つのインスピレーション元として映画を作る時代がもう普通に来ているのかもしれません。
来年公開の『ジョン・ウィック』第2章がどんな映像になるのか分かりませんが、観る時にはまた「ゲームっぽい」構図が無いか探してみるのも良いと思います。
 
(完全に余談ですが、IMDbでネタを調べていたら、上記のFPSゲームのシーンで、ゲーム画面右上に表示されるユーザーネームが”Neo”という小ネタを発見してしまいました。やってくれたぜチャド・スタエルスキー監督。)

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カテゴリー: 良いモノ語り -映画

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