映画『ナイトクローラー』を観た (かんたん感想)

イントロダクション

事件や事故の過激な映像をテレビ局に売りつけるフリーのパパラッチが、非情な手段を利用してのし上がっていく様を描くスリラー。
監督はダン・ギルロイ。苗字で思い出すかもしれませんが、脚本家・監督のトニー・ギルロイの弟です。ダンは今作が初監督作品(!)。

普段は愛想を振りまきながらも、仕事には血も涙も無い姿勢を見せるパパラッチ役に、ジェイク・ギレンホール。自分は彼の作品を観るのは初めてでした。
また、彼から過激な映像をどんどん買ってしまうニュース番組のディレクター役にレネ・ルッソ、下働きをさせられるアシスタント役にリズ・アーメッド、そして、ライバルのパパラッチ役にビル・パクストンが共演。

全米での公開が2014年10月31日で、日本での公開は遅れて2015年8月22日。

あらすじ

夜のロサンゼルス。鉄道の線路脇のフェンスから金網を切り出していたルイス・ブルーム(演: ジェイク・ギレンホール)は、警備員に見つかる。彼は道に迷ったと言い訳するが、警備員が付けている高価な腕時計を目にした瞬間、彼を殴りつけてそれを奪う。ルイスは金網やマンホールの蓋などを金属加工場に売り込むが、二束三文で買い取られる。彼は仕事が欲しいので働かせてほしいと頼みこむが、責任者には「泥棒は雇えない」と突っぱねられる。
その帰り道、ルイスは交通事故の現場を目撃する。二人の警官が燃える車の中から人を助け出そうとしていた。そこへ一台のヴァンが到着し、中から現れたパパラッチ(演: ビル・パクストン)が撮影を始める。彼らは事件・事故の現場にいち早く駆けつけ、ホットな映像をテレビ局に売るフリーランスだった。
その仕事に興味を覚えたルイスは、後日、人から盗んだ自転車をカメラ・警察無線機と交換し、見よう見まねでパパラッチを始める。そして撮影したカージャックの被害者の映像を、テレビ局KWLAのニュース番組に売ろうとする。ディレクターのニナ(演: レネ・ルッソ)は、映像の画質に難点を挙げながらも、彼の映像を買い付け、今後も撮影を続けるように言う。報酬をもらい味をしめたルイスは、さらに過激な事件・事故の撮影にのめり込んでいき――。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ナイトクローラー』

レビュー


 

夜を撮る男の生き様

この映画はある意味、一つのサクセスストーリーです。決まった仕事も持たずぶらぶらとしていた男が、天職を見つけてキャリアを積み上げ、成長し稼ぎを増やしていく。ただ、まともじゃない点は、その男が他者を平気で蹴落としてしまえることと、その仕事が報道パパラッチであることです。

主人公ルイス・ブルームは、サイコパスの特徴にかなり当てはまります。

  • 定職につかず、ぶらぶらとする
  • 長期的な目標を持たず、目先の利益にこだわる
  • 平気で次々と嘘をつく
  • 目的のためなら手段を選ばない
  • 衝動的な行動を止められない
  • 人の気持ちに共感することが困難

劇中で一度もサイコパスという用語は出ないもののルイスはかなりそれらしい男です。
そして、この映画の興味深い点は、普段悪役として捉えられることの多いそういうサイコパス(らしき)人間を、あえて主人公に据えて、その生態を日常的視点で丹念に描いているところです。
服に丁寧にアイロンをかけて、テレビを見て律儀に笑い、鉢植えへの水やりを欠かさない。一方、報道パパラッチの経験も浅いうちから、既に独自の経営理念を語り始め、徹底した仕事ぶりを見せる。
繰り返しになりますが、この物語は多少綺麗にすればビジネス新書にでも載りそうな話です。そうならない理由は、彼の成功が多数の人々の破滅によって成り立っているからです。

報道パパラッチという仕事はルイスにとってまさに天職のようです。世間が喜びそうな過激な事件・事故を一方的に撮影して、テレビ局に高値で売り付ける。視聴率主義・成果主義の世界では、ライバルを蹴落としてでも、良い画を撮ったもの勝ち。映像に映る人やライバルがどうなろうが知ったこっちゃない。人の気持ちに共感することをしないルイスには、うってつけです。
聞けば聞くほど胸が悪くなりそうですが、これはルイスが始めたビジネスではなく、既にパパラッチとテレビ局の間で成立していた業態であることは、留意しておく必要はあります。ルイスはその元からあった仕事に参入した形です。
血や弾痕が映った、テレビで流せるギリギリのラインを狙った映像で視聴者の感情を煽り、視聴率を上げようとするのも、たとえ立派なビジネスであっても、「ゲスい商売」だと感じずにはいられません。ただ、そこにも当初は最低限の倫理や良識があったかもしれません。この映像を流すのはまずいとか、撮影方法が不正だとか。ところが、ルイス・ブルームはそんなルールや常識を無視してしまう人間で、そんな彼が撮った映像は、倫理や良識でブレーキをかけていた人間には撮れない、最大級に「過激な」ものです。だから、他のどんなものより高く買われるようになります。そして、そんな映像が出回りだせば、他の同業者達もどんどん倫理や良識を捨てていくでしょう。より利益を上げていくために。
このように、まさに元からできていた報道業界の陰のような部分を、本当に危険な人物が見つけてしまい、ますます報道パパラッチが誰にも止められなくなっていく様が描かれます。
印象的だったのは、「恐怖の館」の映像を見たニナが社内の人間に、これは放送可能かどうかを訊く場面。あそこでもはやニナが自分の倫理で判断できなくなっていることが示されています。放送規程というルールと照らし合わせることでしか判断できない。彼もまたルイスの悪い影響を受けています。

さて、個人的には、ルイス・ブルームは「社会の闇が産み落とした凶人」ではないと思います。彼自身の出自はかなり曖昧ですが、彼が不況によって貧しい家庭で育ったとか、何かが原因であんなひどい性格になったとか、そういうバックグラウンドとともに語られることはありません。彼は映画が始まった時点で既にあの人格です。
だからこそ彼は、「社会の闇に引き寄せられるべくして引き寄せられた凶人」なのだと思います。モラルが崩れ始めている場所は、いつか本当にモラルを持たない人間を集めてしまう。そうなると何が起きてしまうか、この映画は淡々と、冷徹にそれを教えます。

雑感

映画のサイコパスキャラは出自不明が多い?

先ほどルイス・ブルームは詳しい出自が不明と言いましたが、他の映画のいわゆるサイコパスキャラも、来歴が不明なことがあります。
有名どころは、映画『ダークナイト』のジョーカー。本名、出身地、家庭などの情報が一切不明な悪役で、指紋すら犯罪者データベースに載ってないと語られます。また、映画『ノーカントリー』の殺し屋アントン・シガーも、「どこから来たか」という質問には答えようとしません。どこからともなく現れ、殺戮の嵐を残して去っていきます。
なぜサイコパスキャラの過去が語られないことが多いのか考えてみましたが、その性格の由来が先天的であることが多いため、過去からその性格の理由を語るということができないからではと思いました。サイコパシー傾向は脳の一部(前頭眼窩野など)が正常に働かないことと結び付けられているので、過去に何かが起きて今の歪んだ人格になった、というストーリーにはしにくいものです。
それよりかは、あえて過去を語らないことで、現在にどこからともなく出現した純粋悪という不気味さを際立たせることの方が多いのかもしれません。

悪魔の数字?

偶然かもしれませんが、KWLAのチャンネル番号は6で、ブルームがニューススタジオに入った時、その6のロゴマークが映ったモニターが縦に3つ並んでいました。ただ、自分の知識では他に劇中に聖書的モチーフは見つけられなかったので、なんだかこのシーンだけ唐突さを感じないでもありません。それでも、不法な方法で撮影したパパラッチと契約し、その映像を買って放送し、さらには真実すら捻じ曲げて隠してしまうような放送局は、確かに悪魔的です。

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