映画『アメリカン・スナイパー』を観た (かんたん感想)

初めてティザー映像を観た時に、それで完全に心を奪われました。(→動画)ティザーだけで、ここまで感情に訴えかけられるのが凄い。これ、続きは一体どうなるんだ……。
というわけで、この目で確かめてきました。

イントロダクション

『ジャージー・ボーイズ』に続く、巨匠クリント・イーストウッド監督作。イラク戦争に4回従軍し、米軍史上最多となる160人以上(※公式戦果)を射殺した、実在の狙撃手クリス・カイル氏の自伝を基にした映画です。
クリス・カイル役は、ブラッドリー・クーパー。これがまた、本物のクリス氏と激似なんです。本編でも一度、ご本人の写真を見る機会があるんですが、本当に風貌がそっくりです。実際、ブラッドリー・クーパーも、役作りのために相当肉体改造をしたそうですが、その甲斐あって、とても説得力が出ています。また、クリスの恋人タナ役にはシエナ・ミラーでした。

アメリカで公開されるや否や、たちまち大反響を得て、イーストウッド監督作としては最大の初動成績、戦争映画としてはあの『プライベート・ライアン』も抜いてトップの興収になったそうです。ちょうどこれを書いてる時にアカデミー賞の発表があったんですが、なんと音響編集賞を受賞だそうで。確かに冒頭の戦車が放つ振動音から既に凄かったなぁ……。
アメリカでの全国公開は、2015年1月16日。日本では、2月21日。

あらすじ

イラク戦争。アメリカ海軍の特殊部隊ネイビー・シールズに所属するクリス・カイル(演: ブラッドリー・クーパー)は、スナイパーとして戦場で任務に当たっていた。
彼は、アメリカ・テキサス州の出身。幼い頃に父親から狩りを通して射撃を教えられ、また正義感を教わった。大人になってからは、ロデオに興じるなどをしていたが、ケニアなどでのアメリカ大使館爆破事件をニュースで知ると、愛国心にかられて、軍に志願することを決意。厳しい訓練が始まった。
ある時クリスは、タナ(演: シエナ・ミラー)という女性と知り合い、親しくなる。軍では狙撃の才能を見込まれるようになり、公私ともに順調な生活を送っていたクリスだが、2001年9月に同時多発テロが発生。後にタナと結婚式を挙げるが、それからすぐにクリスのイラク行きが決まった。
砂埃の舞う市街地の建物の屋上で、クリスはスナイパーライフルを構え、海兵隊の戦車部隊が移動する先を警戒する。彼は道路の前方に、一組の現地人の母子が姿を現すのを発見する。母親は子供に、対戦車手榴弾のような何かを手渡した。無線で本部と連絡を取ると、「お前の判断で撃て」との命令。子供は部隊の方へと駆け出し、その身体にライフルの照準を合わせたクリスは――。

レビュー

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『アメリカン・スナイパー』

「スナイパー」という人々

ミリタリーに疎い人にも、「スナイパー」という言葉は知られていると思います。
細長い銃を構え、スコープを覗き、遠くの敵を一発で確実に仕留めるというイメージ。スナイパーは、ある種の憧れを持って描かれることが多いと思います。
日本ではゴルゴ13だったり、海外ではボブ・リー・スワガーだったり、有名キャラクターのイメージが手伝ってることもあるかもしれません。また、現実の軍事に多少興味を持ち始めた人なら、シモ・ヘイへ(フィンランドのスナイパー、人類史上最多の505名射殺)とか、カルロス・ハスコック(ヴェトナム戦争のスナイパーで、上記のスワガーのモデルとされる)といった名前も聞くようになるかもしれません。あと、FPSゲームを遊び始めた中学生が、意味も無く使いたがるのがスナイパーライフルだったり(←偏見)。

スナイパーは、どんな時でも冷静で感情が揺れ動かない人間のように思われている節があります。それは一つには、スナイパーが戦場から物理的に距離を置くからじゃないでしょうか。
戦場で人を殺すためのポジションは、色々あります。近距離で敵と撃ち合いをやる歩兵が、一番戦場の激しさに近いかもしれません。
その一方で、遠くの地点めがけて迫撃砲を撃ったり、ヘリコプターから機銃を撃ったり、あるいは、基地の中の操縦室からゲーム感覚でドローンを操作してミサイルを撃ち込んだりする人もいるわけです。そういう連中は、現場の凄惨さから遠く離れた安全圏にいながら、人殺しをすることができます。そういう人々の方が、感情の揺れ動きは小さいかもしれません。

だったら、スナイパーもそういう人々でしょうか。この映画を観てると、とてもそうは思えません。
ティザー映像にも引用された、あの対戦車手榴弾の母子のシーンは、私達が最も見たくないものを、まざまざと見せつけてきます。彼はスコープを覗いていて、仲間よりも先に危険に気付いてしまいます。一方で相手はスナイパーの存在なんて思いもよらない、全くの無防備。
仲間を守るためには、殺さなければいけない。でも、そうする前に母子を止めることもできない。彼はその場から離れたところにいるからです。もし地上にいたら、二人に銃を突き付けて制止することもできたかもしれませんが、スナイパーにできるのは、撃つか撃たないか。
結局そこは、女と子供を射殺して「よくやった」と褒められる世界でした。こちらに気付いていない無力な敵でも殺していい世界。少しでも疑わしい人間を撃たなければいけない世界。

映画で描かれたクリス・カイルは、スナイパーという役割としても(個人的に、スナイパーとは観測手と呼ばれる人とペアで行動するものだと思ってましたが、ネイビー・シールズでは単独で行動するようです)、また持てはやされた「伝説」としても、その孤独が強調されています。独りで苦しみを抱えて、それを周りに伝えることも少ない。
地面に落ちたRPGを拾い上げようとする子供を一人で目撃して、一人で「拾うな」と念じて、一人で撃つかどうかためらい、撃たなくて済んだことに一人で安堵して、一人で疲弊します。
スナイパーは銃撃戦の場からは離れているかもしれませんが、スコープを覗いている間は孤独で、そこで見てしまったものを全部一人で抱え込むことになります。特に、1キロ以上の距離は、彼にしか見えない世界です。
もしかしたら、スナイパーは、そのスコープを通して、誰よりも戦場の狂気に肉薄しているのかもしれません。そう考えると、この映画が迫ろうとしたのは、常人にはとても想像もつかない境地を見てきたスナイパーの内面だったかもしれません。

距離

この映画って、色んな場面で「距離」が問題になっていると思います。
スナイパーと標的の間にある距離。アメリカとイラクの間の距離。兵士と家族の間にある心の距離。

距離は文字通りギャップとなって、兵士を苦しめます。
クリスは家族や国を守るためにと、銃を持って戦場へ行きます。良き「番犬」になるために。しかし、そこで直面したのは、戦場の異常さと仲間の死。母国ではありえないような状況に次々と身を投じ、それでも自分は愛国心を持ってやるべきことをやらなければならない。そして、あっという間に数週間の現地任務が終わって、待ち望んでいた母国に帰ります。
ところが、そこで待っていたのは、あまりに静か過ぎる光景。どこからも銃声も爆音も聞こえてこなくて、妻や子供は戦場のことなど知らずに平穏そのもの。それはクリス自身がまさに望んでいたもののはずなのに、どうしても彼の心は馴染めない。
この映画は、日常の中に戦場の影を思わず見出してしまう演出が本当に秀逸で、例えば、近所の芝刈り機や、自動車修理工場での電気ドライバーの音などに、クリスは過敏に反応してしまいます。また、車を走らせている時もつい後続車を警戒してしまいます。まるでそうでもしないと、イラクで見た光景と、今見ている光景とのギャップを整合できないかのように。
最後の従軍が終わった後、クリスはアメリカに帰還しても、すぐに家に帰りません。気持ちの整理が必要だと言って、実際は愛する家族との間に距離を置かなければいけなくなってしまいました。

映画の中では、色々なレベルでイラク戦争批判が見て取れます。
序盤にクリスの父親が語った、「羊と狼と番犬」の話が、とても象徴的です。「この世に悪が存在すると思っていない羊は、いざ悪に襲われた時に身を守れない」、「その羊を食い物にするのが狼」、そして、「その羊達を狼から守るのが番犬(牧羊犬)」。
たぶんキリスト教の聖書から来ている話だと思うのですが、ちょっと分かりません。でも、話を聴いていて、善と悪の決定的な違いが暗に前提になってるなんていかにもキリスト教的だなぁ、なんて思いました。
イラク戦争の始まりには、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言がありました。本当は複雑で曖昧な世界に、強引に線引きをしてしまったところに、「番犬」気取りを感じないでもありません。タナとの出会いのシーンにも、「男が身を滅ぼす原因は、傲慢さと酒と女」という趣旨の台詞があったと思います。

ラストシーンについて

番犬であろうとしたクリス達アメリカ国民は、「狼」退治に行ったのに、イラクでは「羊」はどこにいて「狼」はどこにいるのか、区別に苦しむことになります。そもそも、本当に「羊」と「狼」は、区別ができるものなのか。
その間にも、次々と仲間達は殺されます。一方で、遠い距離を越えて、羊達ばかりがいる母国に帰っても、その苦しみは癒されない。
結局クリスは、同じ境遇を抱える帰還兵・退役軍人達と交流するようになりました。(現実のクリスは、PTSDに苦しむ帰還兵を支援するためのNPO団体を立ち上げたそうです。)
何とかそれを通じて、ようやく笑顔を取り戻して、社会との距離を縮められたかに見えた矢先……。

あのラストシーンは、映画としては不意打ち的です。「なぜ?」「どうして?」と問いたくても、その答えは映画の中には無く、現実に求めるほかありません。
私自身は、あの文章を見て、ようやくこの映画が実話(を基にしている)だと思い出しました。物語に没頭していたので、あの文以降の実際のビデオ映像で、急に現実に引き戻されたことになります。
あのラストシーンまで、あの男(現実での名前は、エディー・ルース被告)について、全く触れられていないのが、余計に虚しさをもたらしています。
でも、あの男の瞳も、底なしに虚ろでした。お前はその目で何を見てしまったんだ。この映画は、それを語ることはしてくれません。クリスと鏡合わせの宿敵ともいえるムスタファにすら、家族の描写が見られたのに。

これを書いている最中、現実でルース被告に終身刑が言い渡されました。(参考:「伝説のスナイパー」殺害の帰還兵に終身刑 -NHKニュース
結局、ごく普通の兵士が戦場で何を体験してしまったのかは、分からずじまいになるのでしょうか? もしかしたら、私達が知るべきなのは、「伝説」クリス・カイルの物語だけではなく、エディー・ルースの物語なのではないでしょうか?
この映画は、その中で語られた範囲を越えて、私達に問いかけています。

雑感

ミリタリーあれこれ

前述しましたが、スナイパーって普通、標的の位置を探して距離を計測するための観測手(スポッター)と呼ばれる人とペアで行動するものだと思ってたんですが、クリスにはそういう人がいないので、その仕事も全部一人でやることになります。遠い標的の狙撃になると、弾丸が何百メートル飛ぶ間に、スコープで狙っていた位置から何センチ落ちるかということも計算しないといけないそうです。(映画『ザ・シューター/極大射程』などが詳しいです。)
クリスのライフルのストック部分に、数字がたくさん書かれた早見表みたいな紙が貼りつけてありましたが、おそらくそういう計算のためのものでしょうね。
スナイパーライフルにサプレッサー(減音器)が付けられているのは、銃声と銃火を小さくして、敵に位置を悟られないためにやるようです。一方で、弾丸が飛んできた方角や音の聞こえ方から、敵の位置を予測していますので、プロ同士の戦いという感じがよく出ています。

あと、演出は全体的にリアリティ重視だったのですが、唯一気になったのが、最後のムスタファへの狙撃のシーン。あそこでなぜかスローモーションになり、CGの弾丸が飛んでいく……。
ドラマ的な効果を狙ったのかもしれませんが、何だかあそこだけ妙に浮いている気がしてしまいました。

音について

冒頭から、イスラム教の祈祷の放送音と、戦車の重低音がたまらなかったです。「ああ、これからイラクに連れて行かれるんだなぁ」という感じがして。
良い映画って、最初に画面に何か映るよりも先に、耳から観客を物語世界へ連れて行ってくれることがあると思うのですが、この映画もそうだと思います。

もう一つ音が利いてくるシーンは、これも前述しましたが、母国に帰った後。テーブルに座っていたクリスが、外に出かけないかとタナに誘われて立ち上がりますが、その瞬間、画面外から芝刈り機の音が聞こえてきて、それだけでクリスは出かけるのをやめてしまいます。とても良いシーンだと思います。音によって、目に見える俳優の動きの理由を想像させてくれます。
あと、テレビの前に座っているクリスと、戦場の爆音が遠く響いてくるシーン。カメラがクリスの背後に回ると、テレビは点いていません。これも、音によって人物の内面を想像させてくれて、怖いです。

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