アニメ『一週間フレンズ。』を観終わった (かんたん感想)

このブログも、普段は殺伐としたサスペンスとかアクションの映画の話ばっかりな気がするので、ここはひとつ、心癒されるかもしれない作品の話題でバランスを取りましょう。
というわけで、『一週間フレンズ。』です。


アニメ公式サイト:http://oneweekfriends.com/

イントロダクション

葉月抹茶による同名原作(スクウェア・エニックス)のテレビアニメ版。原作は来年に完結予定?でしたっけ。
「友達との記憶が一週間で消える」という、映画『メメント』を思わせる特異な症状を持つヒロインを中心に据えた学園モノです。
製作はブレインズ・ベース、監督は岩崎太郎氏。
主人公役には山谷祥生、ヒロイン役には雨宮天という新進気鋭の声優さんがそれぞれ起用されていて、聴いている側にも何だか初々しさを感じさせます。その他、脇を固めるキャストは、細谷佳正大久保瑠美間島淳司中原麻衣など。(敬称略)
2014年4月から 6月までの春期アニメとして放送されていました。

(それで……何の話だったっけ?)

あらすじ

高校2年生の長谷祐樹(演: 山谷祥生)は、同じクラスにいる藤宮香織(演: 雨宮天)のことが気になっている。彼女は教室でいつも一人でいて、誰とも話さず、心を閉ざしているようだった。ある時、祐樹は思い切って香織に、「友達になってください」と話しかけるが、断られてしまう。
後に彼は、立ち入り禁止のはずの屋上でなぜか一人でお昼を食べていた香織に会い、訳を尋ねる。彼女は、「自分は友達を作ってはいけない」からと話すが、一方で本気で祐樹を拒絶しているようには見えなかった。祐樹は彼女の中に優しさがあることを感じ取り、次の日から一緒にお昼を食べる約束をする。
祐樹と香織は、あくまで友達としてではないながらも、二人の時間を過ごすようになる。普段教室では見られない笑顔を見せるようになる香織。しかし、金曜日になると、突然彼女は、二人で過ごした時間は忘れて、もう自分には話しかけないでと言い出す。無理だと答える祐樹に、香織は理由を明かす。彼女は、仲の良い友達の記憶、友達と過ごした楽しい時間の記憶を、月曜日になる毎に失ってしまうのだった。
にわかには信じられなかった祐樹だが、次の月曜日に香織に会うと――

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・アニメ『一週間フレンズ。』

レビュー

「青春」を真正面から描く

全話観終わって感じたことの一つは、この作品は王道の青春学園モノはずなのに、むしろそれが珍しいと感じられてしまうことでした。

特にそう思ったのが、主人公の長谷君のキャラクターについて。彼はヒロインを一途に思って、嫌われるかもしれないことも恐れず、積極的に友達になろうとします。記憶が失われても、何度でも何度でも。
今時こんなに真っ当に青春してる主人公を真正面からフィーチャーした作品って、なかなか見かけない気がして、目新しささえ感じてしまいます(あくまで私の印象ですが)。

「青春なるもの」の描き方と、その捉え方って、多様化していると思います。(私には「青春」が何か分からないので、それっぽいものを「青春なるもの」と以下呼ぶことにします。)
今のご時世、どの作品においても、ちょっとでも主人公とヒロインがイチャつきだしたら、視聴者に「リア充爆発しろ!」とか「壁ドン」とか揶揄(?)されるものです。普通に人と人が付き合うだけでも、普通の出来事としてではなく、取り立てていじるべき対象として見られるようになってきている気がします。
また、ちょっと前に放送されていたアニメのタイトルを思い出すと、『僕は友達が少ない』とか、『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』とかあったりしました。明らかに青春なんてものに縁が無くて、むしろそれに恨みつらみ妬みある人達の物語です。(ちなみに前者は見ていません。後者は一部のエピソードは観ています。あのちょっとズレたバカバカしさ他人事とは思えないいたたまれなさが絶妙にマッチした雰囲気が好きでした。)

青春なるものは、もはや学園モノで当然描かれるべきものではなく、むしろそれを疑うように価値観が多様化してきていると思います。理由はともかく。
実際、青春なんて、別に全ての学生が必ず目指すべきものじゃありません。休み時間いつも机に突っ伏していたって良い、図書室に逃げ込んだって良い。学校での過ごし方(または「やり過ごし方」)なんて、何でも良いと思います。

もちろん、青春なるものが近年の作品で全く描かれていないかといえば、そうでもなくて、やはり一部のアニメジャンル、たとえば「日常系アニメ」などとの結びつきが強くなっていそうです。自分が観たことあるアニメで言うと……、例えば『けいおん!』とか。あれは確かに、女子高生がバンドを組んで、賑やかな学園生活を送ります。きっと、同じ系統の作品は、探せばたくさんあります。
ただし、その手の日常系では、異性の気配や恋愛の気配は排除されがちにも感じられます。部活としての青春なるもの、課外活動としての青春なるものというのがフィーチャーされていて、ややこしくなりそうな異性関係というのは、必要が無い限りは、中心的な要素としては取り入れられないということも多いと思います。

そういうわけで、教室での友情・人間関係を描いたこの『一週間フレンズ。』は、青春なるものを真正面から描いた作品として、少し目立っているように思えてしまうのです。
「真正面から」というのは、アニメのクリシェのようなものがほとんど見られなかった、という意味でも言えます。

長谷君と藤宮さんの出会いは、ご都合主義的ではありません。朝、長谷君が遅刻しそうになってパンを咥えたまま走って、角でぶつかって出会ったのではない。藤宮さんが長谷君と同じクラスに転校してきたのでもない。二人は幼なじみですらない。同じ部活に所属しているのでもない。彼らを結びつけたのは、第1話の冒頭も冒頭で長谷君が振り絞った勇気です。全くの中立的関係から、最初の一歩を踏み出そうとした勇気です。
この作品にはハーレム的展開もありません。長谷君が努力せずとも異性が集まってくることもないし、何もしなくても藤宮さんが好意を持ってくれることもありません(少なくとも嫌われてはいないようですが)。山岸さんは山岸さんで、桐生君の方に興味があります。複数キャラの間でそれぞれカップルが成立しています。
さらに、このアニメにはテコ入れのサービスシーンもありません。第8話でようやく海に出かけますが、結局彼らは水着にすらなりません。第9話(だったかな?)では、長谷君が誤って藤宮さんを押し倒してしまうイベントもありますが、やはり何も起きないまま終わります。

他にもあるかもしれませんが、この作品はあんまり日本アニメのお約束に支配されていないようです。
だからこそ、高校生が一から友情を作り上げていく過程に、焦点を当てられるようになっていると思います。

青春は、今を楽しめる奴らのためのもの

藤宮さんと友情を結ぼうとする人は、それを一週間ごとにやり直さないといけません。日記というツールがあるとしても、結局は直接コミュニケーションを取っていかなければ意味がありません。だから、彼らの友情は、普通の人以上の努力を重ねないと維持できません。

実際、現実の人間関係も、一足飛びに作られるものではなくて、コツコツと積み上げるように作っていくものです。仮に一気に親密になろうとしても、必ずどちらかに無理が出てきますし、長続きしないかもしれません。
人間関係って、難しいです。せっかく作り上げても、疎遠になる時には急速に疎遠になる時もあったり。あるいは、他人同士のままでいたら負わなかったであろうダメージを互いに負ってしまうこともあります。

そういう難しさがあるから、藤宮さんは初めから諦めています。一週間で全ての友情が消えると分かっているなら、わざわざ苦労して人と付き合う必要なんてありません。あと数か月か一年ほど耐え忍べば、こんな拘束力の強い教室という空間からも卒業できるでしょうし。だから、彼女は、自分には人との友情なんて作れないと思っています。
でも、長谷君はわざわざそれをやる人間です。劇中では、その努力が色々な形で描かれていますが、その姿は本当に純粋で、眩しく映ります。彼は、藤宮さんの秘密を知り、人間関係の難しさに直面しても、それでもなお、藤宮さんと一緒にいようとします。

同じクラスには、桐生君のように気だるく、ほどほどな熱意で日々を過ごそうとする人もいたりするわけで、長谷君のようなわざわざの人は相対的に珍しくなっています。なぜ彼には、そんなことができるんでしょう?
たぶんそこでは、もはや理由は単純で良いんです。ただ「友達になりたい」というだけで。たとえある種の下心がきっかけだったとしても(第1話の時点では藤宮さんが気になった理由を「顔!」と面食い発言していますが)、人と仲良くなりたいと思ったら、彼はそれ以上の理由を欲していません。

長谷君にそういうことができてしまうのは、彼が素直で単純だからかもしれません。
ただ、もし藤宮さんが、変に「未来」を達観して諦めていたのだとしたら、長谷君は「今」しか目に入っていなくて、楽観的だと思います。
「今」しか見えてないってのは、良い意味で若者らしいと思います。「今」を楽しもうとしているからこそ、藤宮さんと友達になろうとする勇気を出せたのかもしれません。

そう考えると青春って、もしかしたら未来には無くて、今ここにあるものかもしれませんね。(そろそろ自分でも何を言ってるのか分からなくなってきた。)
「今なんてつまらない、でももう少しこのまま耐えれば、未来は明るくなるだろう」と思うことは自由ですが、それはその「未来」が実際に明るくなることを保証していません。なぜなら、結局その人は、「今」に対しても「未来」に対しても受動的だからです。
その点で、長谷君達は「今」に行動を起こしています。「今」を楽しもうとして、悩んだり苦しんだり、転んだりもがいたりしています。
その過程っては困難で辛いかもしれません。それこそ、前もって分かっているなら避けたくなるくらいに。それでも、その結果、確かに彼らは貴重な想い出を作ることができています。

このアニメは、そういう本来の青春の過程を描くのが、本当に丁寧だったと思います。
記憶喪失という、ある種ベタな設定を用いながらも、友情や人間関係の本質を映し出している、素晴らしい作品でした。

雑感

ビジュアルについて

キャラクターの絵柄が好きです。とても柔らかくて優しくて。こんなほんわかした絵柄で、時折前触れもなく心を折ってくるような重い展開が来たりするので、油断なりませんね……。
背景も含めて観てると、何だか全体的に、水彩画のような色の淡さというか、白っぽさ、明るさが印象に残っています。青春ものらしく、爽やかですよね。

九条一の出番について

原作をまだそこまで読んでいないので分からないのですが、たぶんストーリーの鍵になりそうな九条君の出番が、もう少しあるのかと思いました。
果たして第12話のAパートが終わった時点で、彼の関わる問題は解決したことになっているのでしょうかね……? 全話を通しで観ていたら、最終話の最後の方ではほとんど九条君が登場しなくなってて、「あれ?」と思ってしまったんですが、私だけでしょうか。
これも1クールという尺の都合ですかね……。

他にも色々書きたかったことがあるかもしれなかったんですが、上手く思い出せないので(←ネタじゃなくて)、とりあえずこの辺で。

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カテゴリー: かんたん感想, かんたん感想 -アニメ

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