なぜ弓矢の「撃て!」の号令は英語で”Fire!”なのか

アメリカの現代戦争映画やスリラー、アクション映画などを見ていると、兵隊の部隊長や悪者集団のリーダー格などが、標的に向かって銃を構えている部下達に、「撃て」と命令するシーンをよく見ます。
英語では“Fire!”です。fire(「撃つ」)の命令形です。
きっと初めて(日本人が)英語を習った時には、fireとはそれ以前に「火、炎」の意味だと学びますが、それでも銃も火を使う道具ですし、「『火薬に着火する』というところから、『撃つ』の意味の動詞ができたんじゃないか」と連想するのはたやすいと思います。実際、イギリス英語ではfirearm(「火器」)という言葉があります。

しかし、↓の動画の3:34~をご覧ください。映画『ロード・オブ・ザ・リング /二つの塔』(Lord of The Rings: The Two Towers)の、ヘルム峡谷での開戦シーン。

↓の動画の3:15~。映画『ロード・オブ・ザ・リング /王の帰還』(Lord of The Rings: The Return of The King)の、ローハン軍の増援のシーン。

銃なんて登場しない、弓矢で戦うようなファンタジー世界の作品ですが、弓矢を「撃て!」という号令を”Fire!”と言っています。
これはどういうことでしょうか? 武器(特に飛び道具)を構えていて、それを「発射しろ!」と命令する点では、弓矢の場合も銃の場合も同じですが……。

ググってみると、同じような疑問を持つ人はやっぱりいたようで、こういう質問がネット上で共有されていました。
弓矢でも、fireなの? – 英語 – 教えて!goohttp://oshiete.goo.ne.jp/qa/1681551.html
びっくりすることに、この質問者も『ロード・オブ・ザ・リング』を見て、こういう疑問に至ったようです。やっぱりこれだけネットが普及した現代、たかが自分一人の疑問に独自性や先見性があるなんて希望は持たない方が良いですね。はい。

じゃあ、この質問の回答を読んで終わり!……とはいかないようです。

詳しくはリンク先を参照してもらいたいのですが、回答を見てると、辞書等の説明文を引っ張ってきたり、他の用例を見て、「たしかに弓矢についても”fire”を使うことは文法的に可能」という事実を示すことはできているようです。
私も、手元にあるCollins COBUILD ADVANCED DICTIONARY(2009年)(大学の授業で買わされた縦23.5cm×横16cm×厚さ6cmの鈍器、税抜3900円)を引っ張り出してきて、調べてみたところ、こういう説明を見つけました。

3. VERB If you fire an arrow, you send it from a bow.
――590ページ

というわけで、弓矢について”fire”を使うというのは、可能な表現のようです。

ただ、この質問者も指摘しているように、根本的な疑問に答えているアンサーはほとんどありませんでした。
要するに、「なぜわざわざ”fire”なの?」です。「弓を放て」という意味でその語を使うことが分かっても、なぜその語がその意味を持つに至ったのか、という語源的な答えはありませんでした。
唯一、それに近そうなアンサーNo.3を引用すると、

[…]fireには、物事の最初の「きっかけ」を表す要素が大きいので
fire以外の言葉を使う方が不自然な気がします。

もっともらしそうですが、これは本当なのでしょうか。

ここまで来たら、自分で確かめにいかねばなるまい。
というわけで、以前私のサークルの大先輩に教わった、とあるサイトを利用したいと思います。
Online Etymology Dictionaryhttp://www.etymonline.com/)というサイトです。
英単語の語源(etymology)について教えてくれるサイトで、発生元の言語はもちろん、時代ごとの変化、それぞれの意味の初出の年代も表示してくれます。(ただし、すべて語源学的に確定しているわけではなく、中には意見が分かれているものもあるとか)

ためしに、”etymology”という言葉そのものを引いてみます。

late 14c., ethimolegia “facts of the origin and development of a word,” from Old French et(h)imologie (14c., Modern French étymologie), from Latin etymologia, from Greek etymologia, properly “study of the true sense (of a word),” from etymon “true sense” (neuter of etymos “true, real, actual,” related to eteos “true”) + -logia “study of, a speaking of” (see -logy). […]
――http://www.etymonline.com/index.php?term=etymology&allowed_in_frame=0

14世紀のethimolegia(「言葉の由来と発展の事実」)←古フランス語のet(h)imologie←ラテン語のetymologia←ギリシャ語のetymologia(「(言葉の)正しい意味についての学問」)←etymon(「正しい意味」、etymos「正しい、本当の、実際の」の中性語、eteos「真実」と同類) + -logia(「学問」)
というわけで、ギリシャ語までに遡れるらしいです。すごい旅です。

じゃあ、いよいよ”fire”を引いてみます。まずは「火、炎」という名詞としての語から。

Old English fyr, from Proto-Germanic *fuir[中略], from PIE *perjos, from root *paewr- [中略]

Current spelling is attested as early as 1200, but did not fully displace Middle English fier (preserved in fiery) until c.1600.

PIE apparently had two roots for fire: *paewr- and *egni- (source of Latin ignis). The former was “inanimate,” referring to fire as a substance, and the latter was “animate,” referring to it as a living force (see water (n.1)).

Fire applied in English to passions, feelings, from mid-14c. Meaning “action of guns, etc.” is from 1580s. [以下略]
――http://www.etymonline.com/index.php?term=fire&allowed_in_frame=0

古英語のfyr←ゲルマン祖語のfuir←インド・ヨーロッパ祖語(PIE)のperjos←語根paewr-
現在の綴り(fire)は1200年代初期に見つかっているものの、中期英語のfierと完全に置き換わったのは16世紀。(後半2文字が入れ替わったんですね。)
一方で、fireの語根はPIEに二つあるようで、一つがpaewr-、もう一つがegni-(ラテン語でいうところのignis、英語のignition「発火」の由来)。興味深いことに、前者が無生物、生命のない物体という意味なのに対し、後者は生物、生命のある力という意味らしい。語源の時点で「火は物体か、非物体か」という点で意見が分かれてますね。どっちなんだ。
そして、「銃の作動」の意味が生まれたのは、1580年代だそう。比較的はっきりした情報が出ました。銃の歴史を調べてみると、どうやら15世紀から16世紀にかけて、オスマン帝国やスペイン帝国領で本格的に銃が導入され、戦争で使用されるようになったようです。また、火縄銃が日本の種子島に伝来したのが1543年とされます。英語圏で銃が導入されたのがいつごろかはわかりませんでしたが、遅くともその1580年代までには広まっていたんでしょうと、現時点では推測できます。

続けて、動詞としての”fire”の語源を調べます。

c.1200, furen, figurative, “arouse, excite;” literal sense of “set fire to” is from late 14c., from fire (n.). The Old English verb fyrian “to supply with fire” apparently did not survive into Middle English.

The sense of “sack, dismiss” is first recorded 1885 in American English (earlier “throw (someone) out” of some place, 1871), probably from a play on the two meanings of discharge: “to dismiss from a position,” and “to fire a gun,” fire in the second sense being from “set fire to gunpowder,” attested from 1520s. Of bricks, pottery, etc., from 1660s. Related: Fired; firing. [以下略]
――http://www.etymonline.com/index.php?term=fire&allowed_in_frame=0

1200年頃は、furenという語が比喩的に「刺激する、興奮させる(=燃え上がらせる)」の意味で使われていたそうで、文字通り「火をつける」の意味が名詞形から派生したのは、意外にも14世紀後半になってからなんだそう。
そして、「火薬に火を付ける」の意味ができたのは、1520年代。おおよそ前述した時期に相当してますので、この頃までに英語圏で銃が導入されたようです。また、名詞での「銃の作動」の意が1580年代に出来たことと合わせると、今度は動詞から名詞に意味が派生したようですね。
しかし、肝心の「(矢など)を撃つ、放つ」の意味については言及がありませんでした。

割と一般的な単語でありながら、この用例について言及されていないということは、明確な出典が無いということなのか、それともマイナーな用法だからなのか。
他の手がかりを探してみたところ、以下のような海外の掲示板の議論を見つけました。
Could you “fire” an arrow in England in 1250 AD?http://wordoriginsorg.yuku.com/forum/viewtopic/id/9569#.U-l2qWccRD9
Thomas Costainという現代作家の、1250年のイングランドを舞台とした作品『The Black Rose』で、”fire an arrow”という表現を見つけ、実際にその時代で可能な表現だったのかを質問しているようです。

『ロード・オブ・ザ・リング』以外の実際の用例が見つかったわけですが、この質問者やそれへのレスの意見を見る限り、やはり一定数の外国人は、銃火器が発明される以前の時代に、”Fire!”が号令として使っている描き方に、違和感を持つようです。そこだけが現代的な用法のように、「浮いて」感じられるようです。“”
ただこれに対し、“shoot an arrow”と”fire an arrow”には、(あくまで)意味上の違いは感じられない(同じ情景を想像させる)というレスもあります。と、いうことは、これら中世(風)の剣と弓矢の時代に、”fire”の単語を持ち込んだ現代の脚本家や小説家は、そういう人なんだと思います。
この後、このスレは、これが文章表現上のミスにあたるかどうかという議論になっていきます。

長くなってきましたので、そろそろまとめたいと思います。

結論

  • 弓矢を「撃て!」という号令を”Fire!”というのは、(少なくとも現代では)十分可能な表現である。辞書にも載っている。
  • しかし、その用例そのものを語源的に調べることは今回はできなかった。
  • “fire”(動詞)に、「火薬に着火する」という意味ができたのは、1520年代である。そのため、「(弾丸、矢など)を発射する」という意味の語源としては、そこに遡る可能性がある。
  • そのおそらく16世紀より前の時代を描く、現代で創られた作品でそのような単語を表現を使うことは、賛否両論ある。その単語を取り入れた作者にとっては、”fire”に元来あった火薬にまつわる意味が消失してしまっている可能性がある。
  • Online Etymology Dictionaryのサイトは勉強になる。

以上、今回は唐突に言語の歴史みたいな特集をやってしまいました。
この問題について情報などを持っている方は、コメント欄にてお寄せください。

(おまけ
http://english.stackexchange.com/questions/158711/fire-a-weapon-before-firearms-existed
その他の作品における”fire”「撃て!」の用例が挙げられています。
映画『トロイ』や『グラディエーター』では、”Loose!”(「放て!」)という号令なのが興味深いです。これはより時代的に「無難」な言い方らしいです。そもそも英語じゃない土地・時代の人々の物語を英語で描いていますけど、そういう点では気を付けているんだということでしょうかね。)
(さらにおまけ

一方、映画『ラストサムライ』は「放てぇ!」と言った。)

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9件のコメント

カテゴリー: 気になること

なぜ弓矢の「撃て!」の号令は英語で”Fire!”なのか」への9件のフィードバック

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  2. 匿名

    火矢からきてるとか

  3. 匿名

    水鉄砲を撃つ時も、fireなのかという、変な質問を思いつきました。

  4. 匿名

    自分も火矢からきてるのだと思ってた
    アーサー王のことを描いた映画キングアーサーでは火矢によって火葬するシーンもありましたね
    あくまで映画で観たのであって当時本当にやってたのかは分からないけれど

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  8. のふ

    時代劇で「話が脱線しちまったな」というセリフを出しちゃうようなもの。

  9. のふ

    時代劇で「話が脱線しちまったな」というセリフを出しちゃうようなもの。

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