私はスパイもの・殺し屋ものが好きだ

私が初めて「スパイ」や「殺し屋」といった存在に具体的な興味を持ったきっかけは、たぶん、アクション映画、『ジェイソン・ボーン』シリーズでした。
俳優マット・デイモンが演じる、任務に失敗した暗殺者、ジェイソン・ボーンは、けがの影響で記憶を失ってしまいます。しかし、殺し屋としてのテクニックは身体が覚えており、彼は無意識のうちにそれらしい行動をしてしまうのです。彼はそれに助けられながら、いくつもの危機を乗り越えていくのですが、彼が体得しているその殺し屋の行動理論が、この映画を面白くしている見所の一つです。

行動理論と言っても、それは特別な状況の中で活かされるものだけでなく、日常の平凡な生活の中で見えてくる類のものもあります。
例えばボーンは;

  1. レストランやカフェに入ると、店内を見渡せて、かつ店の出入口が見える席を選びます。
  2. どんなものを買うときでも、支払いは現金です。
  3. タクシーを降りるとき、目的地の目の前で降りるのではなく、少し離れた場所で降ります。
  4. 電話を使うとき、通話は必ず数十秒以内に終わらせます。
  5. 自分の携帯電話を持たずにプリペイド携帯を買い、さらに必ずイヤホンマイクを使って話します。

これらはどれも、私達一般人の目には、そこまで不思議に映る行動ではありません。仮に日常生活の中でこのような行動を取る人をチラッと見かけても、特段に注目するほどではないでしょう。せいぜい、ちょっと変わったルールを持ってる人だなぁ、と思うくらいで。言い換えると、その目的・理由を知らない限りは、不審に思われない行動なのです。
しかし、上記の1.~5.の行動の理由を種明かしすると;

  1. 店内の人の動きを視界に入れつつ、誰が店に出入りしたかを見るため。
  2. クレジットカードを使うと、個人情報が残るため。カードの類を持っていない。
  3. 少し離れた場所から目的地とその周辺の様子を偵察するため。また、タクシーの運転手に本当の目的地を分からせないようにするため。
  4. 使っている電話を逆探知されないようにするため。
  5. 個人情報を登録しないようにするため。さらに常に両手を空けておくため。

なぜここまで必要があるのか? それはもちろん彼が「殺し屋」だから(だったから)です。
殺し屋は、要するに犯罪者なので、いつでも警察などに追われる可能性があります。なので、自分の尻尾を出さないように、四六時中注意しながら生きていなければいけません。個人情報を残さないのも、電話をすぐ切るのも、自分の行動の足跡を残さないため。自分の周囲に目を光らせるのも、いざとなった時に素早く対処できるようにするため。
また、彼らが普段生活しているのは、どこか人里離れた秘密の基地とか隠れ家などではなく、ごく普通の街です。私達が住んでいるのと何も変わらない所です。つまり、彼らは、平凡な一般市民として生活することと、殺し屋として自分の周囲を警戒することという、二つの異なる必要を同時に満たさなければなりません。そこから、例えば上記のようなユニークな行動・振る舞い(behavior)のテクニックが導き出されるのです。

私が特に興味を引かれるのは、その行動のテクニックです。なぜかというと、先ほど、「目的・理由を知らない限りは、不審に思われない」と書きましたが、まさにこれです。行動の外形だけを見れば極めて日常的に映るのに、その目的を知ると、もはやそうではなくなる。平凡さの中に巧みに偽装された非日常的意図。こういった事情を知ると、スパイや殺し屋といった人々が、どこか遠い世界にいる曖昧な存在としてではなく、より具体的な姿形を持つ存在として想像できるようになります。

ただ、そんなことに果たしてどれだけの意味があるんだ、と思うかもしれません。
私の場合はまあ、興味があるから興味があるんだという面もあります。男の子特有の無邪気な憧れかもしれません。007シリーズに登場するユニークなスパイ道具が人々をワクワクさせたように、「秘密」「隠密」というテーマは人を惹きつけるものです。平凡な私達にはできないような発想を知ることには、楽しさを見出せるものです。
しかし、それと同じくらい覚えておくべきことは、彼らの恐ろしさでしょう。人の目を巧妙に欺いて、まったく違和感なく日常の一場面に溶け込む技術。それを持った人が、もし私達のすぐ隣にいたら? その人が私達には無害で無関係だといえる保証はどこにあるでしょうか? スパイとは、国家という巨大な権力の利益に奉仕する人々で、殺し屋とは、犯罪やテロリズムに加担する人々です。そんな人々が私達の間隣にいてもおかしくない怖さ。それを学んでおくことは、この世界を理解する上で有益です。
[注釈;ここまで、何気なく「スパイ・殺し屋のテクニック」と一緒くたにして書いてきましたが、もちろん厳密な部分では、国家のスパイと、犯罪組織の殺し屋とでは、扱う技術は異なってきます。ただ、私はスパイの技術と殺し屋の技術は親戚みたいなものだと思っており、実際両者には共通の発想も多いので、今回は詳しく区別はしません。]

もちろん、いくらスパイものや殺し屋ものを読んだり観たりしたところで、マジのスパイや殺し屋のやり口を予測できるようになるわけではありません。そんな簡単にいくわけがありません。それでも、彼らがどういう存在なのかを、実感として掴むには十分だと思います。私達は、もっとそういう世界の人々の潜在的な脅威に自覚的になるべきだと思います。
彼らが実在していること。どこか遠いところにいるのではないこと。この現代社会に溶け込んでいること。そしてこの社会を、ある後ろめたいやり方で動かしていること。「殺し屋もの」や「スパイもの」の作品は、それを巧みに伝えてくれます。スリルと興奮に満ちたエンタメ体験を提供してくれるのはもちろんですが、それ以上に、これまで何気なく眺めているだけだった周囲の世界に対して、まったく新しい視点を与えてくれます。それは、あることのプロフェッショナルが、どんな風に世界を見ているのかを教えてくれます。そんな楽しみは、他のジャンルでは味わえません。

私達を囲んでいるのと同じ日常性を、まったく違う方法で再解釈する複雑な原理。それに従って生きる人間の中に同居する、非人間性と人間性の矛盾・葛藤。そして、そこから生まれる悲しみ。スパイもの・殺し屋ものはそれらを描くことを通して、私達の生きるこの世界のことをもう一度「気づかせて」くれる作品なのです。

さて、最後にいくつか、私のオススメの作品を紹介しておきましょう。

  • 映画『ジェイソン・ボーン』シリーズ
    ボーン・アイデンティティー [Blu-ray]ボーン・スプレマシー [Blu-ray]ボーン・アルティメイタム [Blu-ray]
    トリロジー(三部作)です。ゼロ年代のアクション映画に重要な影響を与えた作品とも言われます。私の一番のお気に入り。ただのアクション映画ではなく、私達の生きる21世紀初頭のこの世界がどんな世界なのかを伝えてくれます。
  • 小説『ジョン・レイン』シリーズ
    雨の牙 (ヴィレッジブックス F ア 1-1)雨の影 (ヴィレッジブックス F ア 1-2)雨の罠 (ヴィレッジブックス F ア 1-3)雨の掟 (ヴィレッジブックス)
    日本人とアメリカ人のハーフの孤高の殺し屋、ジョン・レインを主人公とするスリラー。作品最大の売りは、スパイ・殺し屋が使うテクニックを徹底的にリアルに取り入れている点です。他の追随を許さないほどに知識量が豊富で説得力がある語り口なのですが、それが可能な理由は、著者自身が過去にアメリカのCIAで働いていたからです。シリーズは現在7作ありますが、和訳が4作までで止まってるのが惜しいところ。
  • 小説『殺し屋』
    殺し屋 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
    短編集でサクサク読めます。主人公は、殺し屋の中年男性ケラー。雇い主から依頼を受け、アメリカ各地で淡々と仕事をこなします。やたらと行動の描写が細かく、どこどこの店で昼食を食べただの、レンタカーはどこで借りただの、あと凶器はどこで処分しただのと言ったことが詳しく書かれます。超人的プロというより、ある一人の人間の職業生活を読んでいる感覚です。人物の会話もどこかコミカルだったりして面白いですよ。
  • 小説『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』
    ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)
    長編。冷戦時代のイギリスの諜報機関SIS、通称「サーカス」を舞台にした重厚なスパイ・ミステリー三部作の第一作。文体も相まって、スパイもの初心者が読むには少々厳しいかもしれませんが、間違いなく名作です。「組織」の中で生きていく「個人」の葛藤、悲哀というテーマは、現代でも全く古びていません。著者のジョン・ル・カレも過去にSISで実際に働いていたため、お役所としての諜報機関の内実描写がものすごくリアルです。2011年にゲイリー・オールドマン主演で、『裏切りのサーカス』の邦題で映画化されています。
  • 小説『ジョーカー・ゲーム』
    ジョーカー・ゲーム (角川文庫)
    日本にだってかつて諜報組織がありました。帝国陸軍に造られた極秘のスパイ養成学校をモデルとしたこの小説では、戦前・戦中の国際情勢の水面下を巧みに生き抜く日本人スパイの姿が描かれます。フィクションではありますが、実在の人物をモデルにするなどして、説得力があります。ミステリーとしても面白く、スパイの知識の説明も丁寧なので、スパイもの初心者にもオススメ。あとシリーズ化されているみたいですね。
  • 小説『血と暴力の国』
    血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)
    個人的に、この作品を殺し屋ものとしてオススメすることには躊躇があります。殺し屋の存在以外の要素がこの作品の主題だと思うからです。それでも、強烈な印象を残す殺し屋が出てくることには変わりありません。その名はアントン・シュガー。自分の邪魔をする者であれば、一般人ですら無慈悲に殺す男です。また、酸素ボンベの圧縮空気を使った、牛の屠殺用のスタンガンで、鍵のかかったドアノブを錠ごと吹き飛ばし、どんな所にもずかずかと上り込んでいきます。そんな制御不能の暴力を振るうシュガーにも独自の哲学があり、それがこの作品の全体のテーマにも関わります。2007年に『ノーカントリー』の邦題で映画化されています。

あと、おまけとして、

  • 一般文庫『諜報機関 あなたの知らない凄い世界』
    諜報機関 あなたの知らない凄い世界 (KAWADE夢文庫)
    諜報機関・スパイとは何かについて、各国の事例を参照しながら分かりやすくまとめてあります。たとえば、アメリカのFBIとCIAの違いが分からない人にはオススメです。この手の本にしては(←偏見)、参考文献もそれなりにしっかりいるので、入門書としてならうってつけですが、本当はここから参考文献などに当たって知識を深めていくのが良いんだと思います。いや私もまだ読めたわけではないですが……。

また、あなたのオススメのスパイもの・殺し屋ものがあったら、ぜひコメントで教えてください。

[2014/1/22:項目1つ追加]

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