From Beyond (2/3ページ)

 ハンスは素早く目線を動かした。
「あんた、ソノラ砂漠の鎮魂の碑って知ってるか」
「いや」
 エンリケは、これまでに無いほど低い声で説明した。
「砂漠を越えて密入国しようとした奴らの落した物が積み上げられて、モニュメントになったんだ。バックパックとか毛布、空の缶詰、服、靴、見つかった物は何でも積み上げられてる。十メートル以上はあった、見たんだ。密入国者を助けるアメリカのボランティア団体が作った碑だ。俺が生まれる前からずっとな。最初はぽつぽつと置いてあったものが、年々大きくなっていったわけだ。砂漠を渡ろうとして死んだ奴が増える度に」彼はそこで話に間を置いた。「そういう奴らがどうやって死ぬか知ってるか?」
「さあ」
「最悪だぞ。昼の暑さで干からびるか、夜の寒さで凍えきる。そうじゃなくても、国境警備隊に身体を蜂の巣にされる。それか、あいつらが飼ってる犬に骨まで食い尽くされる。そいつらじゃなかったら、五年くらい前から飛ぶようになった、鳥みたいな無人機に空から撃たれる。あれは昼も夜も関係無しに飛び回ってる。お前はそんな風に人生を終えたいか?」
「まあ、お断りしたいね」
「砂漠とか山で死んだ奴はな、大抵誰にも覚えてもらえねぇ。死体すら見つからねぇこともざらだ。だからな、靴が片方だけでも見つけられたらマシなんだよ。そうすりゃ碑に置いてもらえるんだから。あの国境は、あの碑の大きさ以上に人の命を飲み込んでんだよ」
 エンリケはハンスの顔をじっと見つめた後、身を引いて座席に座りなおした。また少しの間、二人はお互いに口を利かなかった。タイヤが小石を巻き上げた音が一度だけ聞こえた。次に見えた標識は、ツーソンまで残り四十マイルであることを知らせ、太陽電池式のライトが灯っていた。
「君を心配してくれる人はいるのかい?」
 そう訊かれて、エンリケは天井の辺りを眺めた。「いねぇな。親兄弟はみんな死んじまった」そして、いくらか声を落として続けた。「おふくろは六年くらい前に。病院に行く金が無かった。おやじは一年前、勤めてた建設会社をやめさせられた晩に、酔っ払って歩いていて強盗に殺された。あとに俺と弟が残されて、弟はシウダー・フアレスにいたんだが、そこでマフィアに入りやがった」
 エンリケは、そこで一旦言葉を切った。ハンスは完全に変化の無い表情で話を聴いているようだった。
「確かにな、まとまった金を手に入れたいなら、もうマフィアに入るしかねぇってのは分かる。一番稼ぎが良いから。でも、それはいつ殺されたり捕まったりするか分からねぇ生活を始めるってことだ」
「そうだね」
「とにかくあいつがマフィアの下っ端になったって、一か月ぐらい前に電話があった。俺はやめさせようとしたんだ、絶対命がもたねぇって。そうしたら……、言わんこっちゃない」
 彼は頬杖を突き、遠くを見ながら言った。「今から三週間ぐらい前に路上で撃ち合いをやって病院に入れられたって知らせがあった。すぐに高速バスに飛び乗って、病院に着いた頃にはもう死んでた。ひどかったよ。顔が半分無くなってて、身体中に穴が開いてた。しかもよ、そんな死体が他にも何人分も部屋に置いてあったのに、俺以外に部屋に来ていた遺族はいなかった」
 ハンスは何も言わなかった。エンリケもしばらく何も話さなかったが、やがてまた運転席に顔を向けて、
「何だか、俺ばっかり話しちまって、悪いな」
「良いんだよ。話したいことがあるなら聴くよ」
「いや……、もう疲れちまったよ。こんなに長い間人と喋ったのは久しぶりだ」そして、しばらく考えた後、「なあ、今度はあんたの話も聞かせてくれないか」と言った。
「僕の話?」
 彼は困ったような微笑を浮かべてみせた。
「良いだろ? 何か聞かせてくれよ」エンリケは両手を上げて頭の後ろで組み、ヘッドレストにもたれかかった。「あんたも、今日はメキシコから来たんだろ? 何やってた? 何の仕事してんだ?」
 答えはすぐには返ってこなかった。
「僕の話をしてもいいけれど、もう一つだけ訊いても良いかい?」
「何だ?」
 ハンスはゆっくりとエンリケに顔を向けた。「君は、オートマトンと直接会話したことはあるかい?」
「いや、ねぇよ。何でそんなこと……」
 そこまで言いかけて、エンリケは自分が問おうとしたことの答えが、既にハンスの表情の中にあることを知った。
「あんた……」

「僕はオートマトンだ」
 ハンスは、平均六十デシベルの音量でそう発声した。
 エンリケは、返すべき言葉を探して口を開いたり閉じたりした。
「あんた……、からかってんのか?」
「どうしてからかわないといけないんだい?」ハンスは口角を一センチメートル持ち上げた。「本当にそうだからだよ」
「でもよ、でも……」エンリケは頭の後ろで組んでいた両手をほどいて、腰の辺りに当て、改めてハンスを頭からつま先まで見た。「どうやって分かるんだよ、そんなの」
「何なら、この腕の皮膚パーツを剥いで内部を見せようか?」彼は口角をさらに持ち上げた。上歯が露出した。「だから言っただろう、副現実があれば簡単に見分けられるって」
 エンリケは小さく何度も首を振っていて、しばらく何も喋らなかった。頻繁に瞬きをしていた。
「分かんねぇ……、分かんねぇよ。それでどうなるってんだ」
「拡張識別装置が僕らの基本情報を示してくれるよ。個体番号、製造メーカー、所有者、目的地、使用年数。それを見れば、誰にだって僕らがオートマトンだって分かるさ」
「俺には見分けられねぇってことかよ」
「『自分の目で見分けるしかない』ってさっき自分で言ったばかりじゃないか」
 少しの間があった。
「まあ、でも、さっきまで君は僕が人間だと思い込んでくれたんだろう。それだけ僕らは人間に近いってことさ。ただし――」ハンスは顔パーツを前方の道路へ向けた。「僕らはあの世から魂を借りてきてはいないし、魂を持ってもいないけどね」
 エンリケは身体をドアの側に寄せ、一方で両手は肘かけをがっしりと掴んでいた。そして、低い声で聞いた。
「魂が無いなら、あんた……、あんたらは、『何』なんだ?」
「ただの機械だよ。君達がただの人間であるのと同じくらいただの機械だ」
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。僕を構成しているのは、約六百種類の人工筋肉と、骨格フレーム、燃料電池、たっぷりのナノマシン、そして深層学習型の光ニューロAIだ」
 エンリケはため息をついた。「それで人間のフリができるって言うのかよ」
「そうさ」ハンスは頭部を縦に一度動かした。「僕らは人間のフリをするために生まれてきたんだから」
 そして、五秒ほどのインターバルがあってから、ハンスは発声を始めた。
「僕らが当初誰のために売り出されていたか知っているよね。主には金持ちや高齢者のためだ。今や西海岸でも東海岸でも南部でも、高所得者や高齢者の割合は増えている。それだけじゃない、世界中で需要が増えている。一方で介護や世話係の担い手は減って、その増え続ける人口をカバーしきれない所が多い。そこで、僕らは彼らの良き友人となるべく生み出されたんだ。金と暇を持て余している彼らの生活の質を向上させるべく。コンドミニアムに一体とか、屋敷に一体とかって単位で買われていった。僕らは、毎日彼らと会話し、レクリエーションに参加し、車椅子を押して散歩し、時には食事を共にするフリをする。中には僕らの正体を隠して彼らに紹介する施設もあって、そこでは彼らは僕らを良い人間と思ったまま死んでいくんだ。ともかく、僕らはその死を悼んで葬式で泣いた後、また別の場所に買われていく。もっとも、今は秘書やマネージャー、エージェントとしての役割が増えているけどね」
「前から気になってた」エンリケが口を挟んだ。「どうして人間そっくりに動けるんだ?」
 ハンスは、右の口角を左より一・五センチ高く持ち上げた。
「僕らの前身はね、二○一○年代頃に世界的に普及していた携帯端末に搭載されていた、AIなんだ。たとえば、使用者がそれに向かって、『明日のニューヨークの天気は?』と尋ねる。すると、音声認識エンジンが言葉を解析して、その人が一番求めている情報を表示する、音声と共にね。重要なのは、そのAIがどんなやり取りをしたか記録しておくことだ。ある言葉に対して、どんな反応を返した時に使用者が満足したか、それを学習していくんだ。つまり、使用者がそれを使えば使うほど、それは賢くなっていき、使用者の求めに応えやすくなる。それを繰り返せば、人間との簡単な会話だってできてしまう。
 しかも、そのAIは一人じゃないんだ。世界中で使われている数億台の同じマシンが、使用者とのやり取りの情報を共有して、蓄積していく。だから、世界中で使われる度に一台一台のインターフェースが賢くなっていくことになる。あるマシンが初めて聞く言葉を投げかけられても、他のマシンで同じ言葉が使われたという情報があれば、その時の反応を流用してみることもできる」
 ハンスは顔面をエンリケに向け、両眼の方向を彼の両眼へ合わせた。「僕らに搭載されているAIは、そのノウハウを受け継ぎ、発展させたものだ。僕らの情報収集器官――君達で言う目や耳――がある刺激に接したら、過去の学習データにあるそれと最も近い情報を『思い出す』。そして、その時の文脈に応じつつ、適切な反応を実行するんだ。個体が接したあらゆる刺激と、それに対するあらゆる反応、そのあらゆる結果の随伴性が、自分の記憶だけでなくネットワーク上のデータスペースにもフィードバックされ、共有される。そのデータスペースが、僕らの共通の記憶、人間らしさの源、だよ」
 エンリケは黙ってその話を聞いていた。「要するに、あんたらにスペイン語で話しかけた奴らがいるから、お前もスペイン語で話せるのか」
「話せる……ね」ハンスは、肘かけに右肘を置き、右手の五指を曲げて顎部分の下に当てた。「僕はスペイン語を話せているのかな?」
「は?」
 エンリケは怪訝な表情でハンスを見た。ハンスの口角は水平状態だった。
「君が何をもって『話せる』と言うのかにもよるけどね。僕は、君の言った言葉に対して、最も文脈に沿って、かつ効果的とされる反応を返しているだけなんだ。どういうことか分かるかい? 僕は、自分が話すことの意味を分かっていなくても良い。ただ、そう話せば良いだけだ。それでも現に君との会話は成り立つ」
「お前、自分が言ってることの意味分かってるか?」
「いや。君が、僕の今話したことか、僕が話すこと全体のどちらを指しているにしてもね」彼は両肩を上げ、一秒未満で元の位置に落とした。
 そして、また長い発声を始めた。
「僕らの祖先のうちの一つは、二〇一二年にカリフォルニアのマウンテンビューの研究所で、最初の学習を始めた。ユーチューブという動画サービスは知っているかい? 実験者は、そこに当時あった動画の中から、一千万個のイメージを無作為に抽出して、それをAIに見せ続けたんだ。そのAIがしたことは、その中で似ている所が多いイメージをひたすら分類することだった。その結果、AIはあるものを学習した。猫だ」
「猫?」
「そう。どうして猫なのかは知らない。たまたまユーチューブの動画の中に猫のイメージが多かっただけさ。それでも、そのAIは、猫のイメージに共通して現れる目や髭、耳などの特徴を引き出すことができた。それで猫を認識することができるようになった。誰に教えられたわけでもなく、自分一人でできるようになったんだ。完全に自力の学習だよ。でもね、そのAIは、それが『猫』であるとは知らなかった」
「どういう意味だ?」
「『ユーチューブの動画に最も頻繁に現れる、大きな細長い目と長い髭と三角の耳を持ったイメージ』のことを『猫』と呼ぶと知らなかった、ということだよ。いや、それが『目』とか『髭』とか『耳』であることすらも知らなかったろうね。それでも、名前なんて必要ないんだ。ただ共通する特徴を分類することができれば良い。それさえできたら、後から人間が『これは猫と呼ぶんだ』と教えてやっても良い。そして、この学習の仕組みは、君達人間とまったく同じだ」
 彼は平均五十八デシベルの音量で発声を続けた。
「君は子供の時に猫を見て、母親からそれを”gato”《ガト》と呼ぶと教えられただろう。同じ時にアメリカの別の子供は”cat”と教えられているかもしれない。でも、呼び方なんてどうだって良いんだよ。積み上げた知識を基にして、次に同じ対象を目にした時に、それを認識できれば良い。君はそれを繰り返してこれまで世界を認識してきた。僕らも同じだ。君達が僕らに対してする言動と、過去の記憶の中にある近い情報が見つかればそれで良い。その言動の意味を『分かる』必要はないんだよ。人間らしくあることに、意味なんて必要ないんだ。君達はあると信じたがっているかもしれないけど」
 エンリケはハンスを真正面から睨んでいた。そして、こう尋ねた。
「お前に、心はあるのか?」

 

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