禁止事項

Twitter#深夜の真剣文字書き60分一本勝負企画 参加作品
お題:「誘惑の果実 」、「毎食後の薬」

「では今日から七日間、毎食後一錠を水で飲み下してくださいね」
 男の目の前のカウンターに、白色の紙袋が差し出された。
「食後に一錠?」男は懐から財布を取り出しながら言った。
「はい。毎回水で飲んでください」
「コーヒーは?」
「だめですよ。飲料に含まれる成分が薬とどんな反応を起こすか分かりませんから。必ず水で飲んでください」
「分かってる。冗談だから」
「それと、もう一つ、とても重要な注意事項があります」
 男は顔を上げて、看護師の目を見た。
「この薬を摂取する期間、リンゴを食べてはいけません」
 男はしばらく黙っていた。
「そんな薬聞いたことないぞ」
「これは絶対守ってください」看護師は強い口調で続けた。「リンゴの栄養素とこの薬の成分が反応すると、危険な作用を起こす恐れがあるんです」
「どうしてリンゴなんだ?」
「今のところその反応が確認されているのが、それだけだからです」
 男は財布から紙幣を取り出そうとしたまま動かなかった。それから微笑みを浮かべた。「なら問題ない」
「というと?」
「俺は元々リンゴが苦手なんだ」男は紙幣をカウンターの上に載せ、袋を受け取った。
「そうですか」看護師は紙幣を受け取り、レジスターに入れると、そこで初めて笑った。「なら良いんです」

 男は、外で買ってきた夕食を食べ終えた。冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを持ってきて、コップに中身を注ぎ、錠剤を一粒手のひらの上に乗せた。淡い緑色の錠剤だった。
 彼はそれを飲み下した。そのまましばらくじっとしていた。そして、「リンゴなんてな」と一人で笑った。

 翌日、仕事を早く終えてスーパーマーケットを歩いていた男は、いつの間にか青果売り場に来ていた。箱詰めされた色とりどりの果物が彼の目に映り、オレンジに向かって手を伸ばそうとした。
 ふと隣に並んでいるリンゴに視線が移っていた。照明の下でリンゴは艶々と輝いていたが、最後にはオレンジを掴んでレジに向かった。

 その次の日、友人のパーティーに訪れていた男は、テーブルの上のサラダの中に、切られたリンゴが入っているのを見つけた。ふと気づくと彼はそのサラダに近寄って、皿を手に持っていくらかよそおうとして、トングでそれを鷲掴みにした。
「お前リンゴは苦手なんじゃなかったのか?」友人が隣に立って話しかけたので、男はびくりとして顔を向けた。
「ああ、入ってたのに気付かなかった」そう笑うと、男は丁寧にリンゴを除いて皿に葉野菜を盛った。

 さらに翌日、男はスーパーマーケットに来ると、まっすぐ青果売り場に行っていた。リンゴの山の前に立つ。その赤い玉の一つ一つの匂いに鼻腔を刺激させる。男はためらうことなくその一つを掴んでいて、それを目の前で眺めていた。
 しばらくすると、男は我に返ったように首を振って、山の中に乱暴に戻した。そのせいでごろごろと山が崩れて、いくらか隣の果物のカゴに入り込んだが、男は逃げるようにその場を去った。

 三日後、男の食卓の上に、一つのリンゴが置かれていた。男は椅子に縛り付けられたように動かず、その目をその赤さに固定していた。次第に額に汗が浮かんできて、彼は苦しそうな表情を浮かべた。傍にある紙袋に目をやると、もう中の緑色の錠剤は残り一粒になっていた。
 男の息遣いは荒くなり、表情が歪んだ。口を開けて顔をリンゴに近づけ、あと三センチのところで長い間ためらっていた。男の目から涙が流れ落ちたが、男にはもうその理由が分からなかった。
 次の瞬間、男はそれを掴むと、果汁や種を飛ばしながら貪り食った。そして緑の錠剤を飲み、その後長い間茫然としていた。

「本当にすみません」
 男は医者と看護師に会うと、最初にそう話した。
「いつですか」
「夕べの晩です」男は顔を歪めながら言った。「いつの間にか、食べたくて食べたくて仕方なくなったんです」
 医者は静かに頷くと、
「それで良いんです。あれは脳に働きかけて、物に対する評価を変更させる薬でしたから。リンゴを食べること自体は害は無いんですよ、アダムスさん」
 それを聞いた、男の表情は、ショックを受けるというよりもむしろ輝いていた。
「じゃあ、リンゴをどれだけ食べても良いんですか?」口から唾を飛ばしながら彼は訊いた。
「あなたが望むなら」医者と看護師は微笑んだ。「あなたは自分で自分を禁じていただけでしたから」

あとがき
Twitter上での、#深夜の真剣文字書き60分一本勝負という企画に挑戦してみました。こうでもしないと小説を書かなくなっていたので、ムチを入れるつもりで。
お題が難しくて、制限時間の半分も考えることに使った割に、オチが面白くありませんでした。
まあ初回はお試しということで……。はい、精進します。

 

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