愛をください 8章

  8

 病院で目覚めた時、宏子叔母さんがベッドの側にいて、泣きながら私に抱きついた。私は包帯を巻いているけれど、大した怪我にはなってくれなかったようで、しばらくすれば退院できるらしかった。
 中島先生と、学年主任の先生が訪ねてきた。あれは喧嘩だったんだと説明することにした。カッとなって、場所が悪い所で揉み合いになったんだと。しばらくの間、私は停学することになって、それは仕方ないと思った。叔母さんには申し訳無かった。
 先生と警察が知りたがったのは、智恵理の所在だった。真奈が二階から下りてきた時、地面の上に倒れていたのは、私一人だったらしい。その場所から離れていく一人分の足跡があったけれど、それでも行方は分からなかった。彼女の自宅は、手つかずになっていて、学校に登録された彼女の両親の連絡先は、そもそも存在しなかった。
 彼女は生きていると私は思った。そして、彼女がまたどこか別の場所で、同じことを始めようとしているのではないかと考えると、悲しくなってきた。でも、それを止めようにも、居場所が分からない。私にできることは、智恵理がまたどこかに現われたとしても、そこに彼女に抵抗できる人がいることを祈ることだけだった。

 都と舞が病室に来てくれた。都は花束を持って、舞はお菓子を持っていた。
 私は何と声をかけたら良いか分からなかったが、二人は申し訳なさそうな顔をしていた。
「あの……、いきなり来てごめんね」都から口を開いた。「落ちた時に頭を打ったって聞いたから心配だったけど……、元気みたいで良かった」
「ありがとう。ねぇ……、智恵理のこと、覚えてる?」
 私が尋ねると、二人は互いに顔を見合わせた。
「覚えてないわけ無いでしょ、あんなことがあったんだから……」都が低い声で言った。「でも、あの時が何だったのか、もうよく分からない。まるで幸せな夢を見ていたような記憶しかなくて。クラスの子、今は半分以上が欠席してる。風邪か何かが流行してるってことになってるけど」
 二人はぎこちない動きでベッドの側まで来た。そして、二人とも謝罪の言葉を口にした。
「夕実がこんなことになっちゃったの、私達のせいみたいなものだから。……本当にごめんなさい」
「そんなことない。私だって、どうなるか分からずにやっただけだし。こんな怪我は大したことない。それより、私が一番不安なのは……、また前みたいに私達は一緒にいられるのかな、ってこと」
 病室には、外からの音がほとんど入ってこなかった。
「きっと、大丈夫だよ」笑顔を見せたのは舞だった。「上手く言えないけど。きっと私達、立ち直れる気がする。私は……、ゆーみん達の側にいたいと思ってるよ」
 私も、この病室に来て以来、初めて笑うことができた。
「ありがとう」そして、舞と都と抱き締め合った。

 退院の日、叔母さんが迎えに来てくれたけど、無理を言って別れて、真奈にメッセージを送った。
 私の誕生日に真奈と立ち寄った、川の側の公園に来て、あの時と同じベンチに座った。日が暮れても待つつもりだったけれど、夕日が空に残っているうちに、真奈は来てくれた。学校の帰りで、制服姿だ。
「もう、怪我は大丈夫だよ」私から、距離を空けて立っている真奈に向かって声をかけた。「来てくれて、ありがとう。それだけで、凄く嬉しい」
 それでも真奈は、思いつめた顔をして、俯いている。私がどれだけ明るい声で話そうとしても、頭を上げない。
「私が悪かったの。真奈を傷つけたくなかったから、私は真奈に合わせてた。でも、それは本当は真奈の気持ちを考えてなかった」
 真奈は目を閉じていた。私は少しずつ近づいた。
「誰かを愛するってどんなことなのか、私には分かってなかった。正直、今もよく分かってない。でも、もう同じ失敗は、したくない」あと十歩分の距離のところで立ち止まった。「真奈さえ良かったら……、私はもう一度、真奈の側にいたいんだ」
 真奈は手の甲で目を擦ってた。そして、後ろを向いた。「私に、夕実ちゃんの側にいる資格なんて……、無いよ。あんなことしちゃった後なのに。全部、悪いのは私なのに。私にも、愛が何なのかって、分からないよ」
「でも、私は真奈の側にいたいの」私は声を大きくした。「私にとって、真奈はいつまでも大切な人だから。他には、代わる人なんて誰もいないの」
 私は目を閉じた。「もし、まだほんの少しでも、私と一緒にいたいって気持ちがあったら、こっちに来て。そうじゃなかったら、帰っても良いよ。私は、見てないから」それから待った。時間は数えなかった。もう、言うべきことは全て言ったと信じた。
 足音が近づいたと思ったら、私の腕から背中に温かいものが回された。何かの香りが鼻を満たした。真奈が私の服の肩口に、涙を垂らしていた。私は彼女の頭を撫でた。
「二人で、一歩ずつやり直していこう」そう囁いた。「そうしたら、きっと分かると思うんだ、二人で。きっと私達には、できるよ」

 
 
 

あとがき
人生で初めて長編作に挑戦することと、「問題作(※当社比)を書きたい」という二つの動機で書いた作品です。
今までに書いてきたものといえば、SFとか冒険小説っぽいものばかりだったので、それらとは違う分野に行ってみたかったのですが、いざ恋愛について書こうとすると、「そもそもこの愛と呼ばれる感情とは何か」を定義せずにはいられなくなってしまう面倒な人間なので、こういう内容になってしまいます。そんな事情もあったんですが、学校を書くのも初めてなら、同性愛を書くのも初めてで、書いてる最中は苦しみまくりでした。
最初に発表したのは2014年の冬です。で、普段なら、一度書いた作品は大幅に手直ししたりせずにそのままネットに上げるんですが、なぜかこの作品に限っては、後から色々と手を加えたくなりました。先に読んでくださった方から頂いた貴重な感想やコメントも反映しています。

ちなみに、タイトルの元ネタになってる曲、世の中探せば色々あると思っていて、読んだ方が自分なりに想像してもらえればと思っていますが、個人的には↓の曲のつもりでした。

夕実あたりの世代が聞いててもおかしくないんじゃないかと思ってますが、書いてる時もこの曲のイメージに助けられた部分が多々あります。

 

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