必要最小限の単語で話す「ジョン・ウィック話法」を会得しよう

人とのコミュニケーションに何かしら悩みを抱えている方は多いと思います。
話し始めたは良いけどどう終わらせたら良いか分からなかったり。本当は短く済ませられる話をついダラダラと長引かせたり。大事なことを伝えたいのに要点が伝わらなかったり……

そんな悩みに役立つのが、あの伝説の殺し屋ジョン・ウィックさんが創始したと言われる会話法、名付けて「ジョン・ウィック話法」です。必要最小限の言葉を発するだけで、コミュニケーションを成り立たせてしまうというこの話法をマスターすれば、あなたも会話で苦労することは減るはずです。

この記事では、初級から中級、上級まで3つのステップで、この特殊なジョン・ウィック話法を解説していきます。
あなたもこのジョン・ウィック話法を身に着けて、言葉のミニマリストを目指してみましょう。
 
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初級編:主語・修飾語の省略

実際のジョン・ウィックさんの話しぶりは下記のような感じです。

ウィンストン「私の記憶では、君は殴る方であって殴られる方ではないはずだが」(Now, as I recall, weren’t you the one tasked to dole out the beatings, not to receive them?)

ジョン『腕が落ちた』(Rusty, I guess.)

ウィンストン「私には分かっているぞ、ジョナサン。まず訊きたい。この世界に本当に戻ったのか?」(I’m familiar with the parlance, Jonathan. I want to ask you this. Have you return to the fold?)

ジョン『立ち寄っただけだ』(Just visiting.)

相手が話してる単語の量と、ジョンさんが返す単語の量の差を見比べれば一目瞭然です。本当に必要なことだけを話すだけで、会話というものは成立するのです。

コツは、とにかく余計な主語や修飾語を省略すること。最低限必要な目的語と述語だけを相手にぶん投げてやるのです。それでほとんどの会話は事足ります。
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映画『ジョン・ウィック:チャプター2』(ネタバレ)「掟」を破ったことの意味

『チャプター2』、個人的に今年1番期待してた作品でしたが、その期待の遥か上を飛んで行ってくれる素晴らしい作品でした。
前作超えはもちろん、間違いなくこの2010年代殺し屋映画ベストに余裕でランクインしてくれる内容です。

あのアクションシーンが好きとかこのキャラが好きとかそういう話はもう無限に書くことができてしまってキリが無いのですが、正直私が何よりも衝撃を受けたのが、今回のストーリーのテーマとそのラストの展開です。


公開初日に観に行けたのですが、あのラストの衝撃が実は今も結構後を引いてます。なので、居てもたってもいられなくなってブログに書き殴りました。

というわけで、以下、ラストシーンについてのネタバレあり所感です。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』
・映画『ジョン・ウィック:チャプター2』

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映画『ジョン・ウィック』(1作目)で考える、セリフの反復の効果

久方ぶりにブログを更新したら、もう『ジョン・ウィック:チャプター2』の公開まであと4日後に迫っています。
皆さんいかがお過ごしですか。私は『チャプター2』に備え、日々着々と戦意を高めております。2017年一番楽しみにしている映画です。

1作目の『ジョン・ウィック』に惚れ込んだ理由はいくつもあるんですが(ちなみに感想記事はこちら)、映像面以外のところだと、脚本・セリフ回しのユニークさも気に入っています。

〈↓ネタバレあり Spoiler Alert!↓〉
・映画『ジョン・ウィック』

今作を観ていると、「相手の言った言葉をほとんどそのまま繰り返すシーン」が多用されていることに気づきます。
例えばこんなシーン。

Viggo: “It’s not what you did, son, that angers me so. It’s who you did it to.”
Iosef: “Who? That fucking nobody?”
Viggo: “That fucking nobody…is John Wick.”

ヴィゴ「お前がやったことを怒ってはいない。問題は相手だ」
ヨセフ「相手? あんなの誰でもねえだろ」
ヴィゴ「その“誰でもない男”は――ジョン・ウィックだ」

相手が最後に言った言葉を受けて、次のセリフを始めています。
これぐらいのテクニックならどの映画でも珍しくないのですが、『ジョン・ウィック』では、この後もかなり意図的かつ頻繁に「セリフの反復」が使われます。

この「セリフの反復」という技法には、以下のような2つの相反する目的で使われると考えてます。

  • (A)自分と相手の視点・意見が同じであることを強調する
  • (B)自分と相手の視点・意見の違いを強調する

一見矛盾してるんですが、『ジョン・ウィック』を観ると、状況によってこの2通りの用法がそれぞれ意味を持って機能しているんです。

まずは、「(A)自分と相手の視点・意見が同じであることを強調する」用法から。

Jimmy: “Evening, John.”
John: “Evening, Jimmy. Noise complaint?”
Jimmy: “…Noise complaint.”

ジミー「やあ、ジョン」
ジョン「やあ、ジミー。騒音の苦情か?」
ジミー「……騒音の苦情だ」

ここではジミーは、肯定の意味としてジョンのセリフを繰り返しています。
このシーンの直前まで、ジョンの家には刺客が送り込まれて銃撃戦が起きていたのですが、住民の通報を受けてやってきた警察官ジミーに対し、ジョンは「騒音の苦情」だろうと言ってのけます。それをジミーも否定していないので、ここでこの言葉は文字通りの意味ではなく、二人の間で通じる一種の隠語になっていることを観客は悟ります。
実際、この映画での警察は、伝説の殺し屋ジョンを完全に恐れており、彼が殺しをしてもお咎め無しで済ませます。まったく仕事しません。

他にもこういったセリフ回しは出てきます。

John: “So when’d the old place get a face-lift?”
Charon: “Around four years ago. But, I assure you sir, she really hasn’t changed much.”
John: “Same owner?”
Charon:”Same owner.”

ジョン「いつ改装したんだ?」
シャロン「4年ほど前に。ですが、大きく変わっていません」
ジョン「オーナーも同じ?」
シャロン「オーナーも同じです

John: “Hey Harry. You keen on earning a coin? Babysitting the sleeping one?”
Harry: “Catch and release?”
John: “Catch and release.”

ジョン「なあハリー、コイン欲しくないか? 子守りを頼む」
ハリー「殺さず放流か?」
ジョン「殺さず放流だ」

単に”Yes”と言って肯定するのではなく、あえて相手の言葉を繰り返すことで、お前の言いたい意味は分かっているぞということを強調する効果があり、同時に観客により印象を残すようなシーンにできます。

現実にコミュニケーションの技法として、相手の言ったことをオウム返しするのは重要と言われています。相手の話をちゃんと聴いてるというアピールで、意識的にせよ無意識的にせよ、私達も普段からそれをしています。
こういうテクニックが挟まっている会話があると、映画にしても小説にしてもリアリティが増します。

一方で、それと正反対の用法が「(B)自分と相手の視点・意見の違いを強調する」用法です。

Avi: “What did he say?”
Viggo: “…Enough.”
Avi: “Oh god…”
Viggo: “Task your crew.”
Avi: “How…, how many?”
Viggo: “How many do you have?”

アヴィ「彼の返事は?」
ヴィゴ「……もういい」
アヴィ「まずい……」
ヴィゴ「部下を集めろ」
アヴィ「な……何人です?」
ヴィゴ「全部で何人いる?」

このシーンで、やや当惑気味の部下アヴィに対し、マフィアのボスのヴィゴの方は、ジョン・ウィックと全面戦争をする覚悟を決めた気持ちで、訊き返しています。
ヴィゴもアヴィも同じ側の人間ではありますが、ここでキャラクターとして視点の違いがあることが滲み出ています。

他にも、この記事の最初に挙げたヴィゴとヨセフの会話も、この(B)の用法に当たるでしょう。

Priest: “Honestlty, what do you think you are going to do with all of this?”
John: “This.”

牧師「金を床にまいてどうするつもりだ?」
ジョン「こうする

ジョンは必要最小限のセリフしか喋らないキャラですが、相手の疑問文にも1単語だけで答えるのが面白いです。(このあと金の山に火を付けます。)

あと、連続したシーンではないのですが、下記もある意味、セリフの反復の一種です。全ての元凶ヨセフがジョンと初対面するシーン。

Iosef: “How much?”
John: “Excuse me?”
Iosef: “How much for the car?”
John: “She’s not for sale.”
Iosef: “…Oh, I love dogs. Everything’s got a price, bitch.”
John: “Not this bitch.”

ヨセフ「値をつけろ」
ジョン「何だって?」
ヨセフ「いくらで売る?」
ジョン「売り物じゃない」
ヨセフ「俺は犬が好きだ。どんなもんにも値がある
ジョン「この犬に値はつけない」

そしてクラブ「レッド・サークル」での壮絶な撃ち合いの後のこのセリフ。

Iosef: “Victor, where the fuck are you?”
John: “Victor’s dead. Everything’s got a price.”

ヨセフ「ヴィクター、てめえどこにいる?」
ジョン「ヴィクターなら死んだ。どんな物事にも代償がある

序盤の何気ないセリフを、映画全体のストーリーを象徴するセリフとして再回収するところが上手いと思います。
最初にこのセリフを言った時のヨセフは、自分の言葉が後でよもやこんな意味を持つことになるなんて思ってもみなかったでしょう。

 
上記で見てきた通り、同じセリフを別の人間が反復するテクニックが劇中たびたび印象的に使われています。が、もちろんどのキャラも同じようにそう話しているわけではありません。
観ていて一つ気づくのは、互いに敵対し合っているキャラの間では、セリフの反復はほぼ全く行われないということです。

今までいくつかシーンを挙げてきましたが、逆に言うとこれら以外のシーンの会話は、ほとんど全て通常のやり取りです。単純にYes/Noで答えたり、違う言葉を使ったり、会話自体が一方通行であったり。
むしろ、相手の使った単語を意識して避け、違う言葉を使いたくなるというのが人として自然でしょうか。

よく考えてみれば、そもそもコミュニケーションが敵対的な相手に、理解を示してやる道理は無いわけです、(A)の用法のように。
また、敵対していることが分かりきっている以上、(B)の用法のように視点の違いを強調する必要もありません。
だからそんな人間同士の会話には、セリフの反復の余地は生まれないのだとも考えられます。

そういう前提で観ているとより興味深くなるのが、『ジョン・ウィック』のクライマックスシーンです。
マフィアの下っ端達を文字通り全滅させた後、雨の降りしきる港で一騎打ちを始めようとするジョンとヴィゴの間の会話。

Viggo: “No more guns, John! No more bullets!”
John: “…No more bullets.”
Viggo: “Just you and me, John.”
John: “…You and me.”

ヴィゴ「もう銃は使うな、ジョン。弾は要らない!」
ジョン「……弾は要らない」
ヴィゴ「お前と私で勝負だ」
ジョン「お前と俺でな」

これまで幾度となく憎み合う敵同士として相対し、互いに殺しの上に殺しを重ねてきた末のこのセリフです。
なんでしょう、このやり取りには、何か敵同士でありながら二人の間で通じ合うものが生まれ始めているのを感じさせます。
それを端的に観客に示すためのテクニックがセリフの反復の効果です。ここまで数々のシーンで使われてきたことが、ここに来てとても意味を持ってきます。きっとそれを織り込んだ上の脚本でしょう。

そして、闘いに決着がつき、互いに致命的な傷を負って最後に交わされる会話がこれ。

Viggo: “Be seeing you, John.”
John: “Yeah…, be seeing you.”

ヴィゴ「また会おう、ジョン」
ジョン「ああ……、また会おう

個人的にこの映画で一番好きなセリフです。
主人公と悪役という敵対する者同士、今際の際で同じ運命を辿ることを悟っています。ある意味王道的で、簡潔で、そして深い余韻。
死にゆく人間達が「また会おう」と言うことの意味については、今更触れる間でも無いでしょう。

アクションだけでも十二分に評価される『ジョン・ウィック』ですが、こんな風に会話シーンに注目してみても学べるものがあると思います。
一見シンプルに見えても、さりげなさの中にテクニックというものは隠されています。むしろどれだけさりげなく見せられるかが脚本の妙味でしょう。

と、こんなユニークな会話シーンがきっと7月7日公開の『ジョン・ウィック:チャプター2』にもあると信じていますので、これから次回作を観る方も、そこに注目してみるともっと楽しくなるかも……しれません。
 
※これを書いてる間の2017年6月27日、ヴィゴ役のミカエル・ニクヴィストが亡くなりました。上述した最期の会話シーンが私には特に印象的で、もっと他の映画でもそんな演技を観たいと思っていただけにとても残念です。RIP……。

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生存報告

このブログを一文字も更新できないまま、また早くも数か月が過ぎようとしていますが、
そろそろ何かしら書かないといけないという思いから、久しぶりの更新です。

大丈夫です、死んでません。私のTwitterを見てる方は知ってると思いますが…

ブログを始めて2年くらいまでは、毎月・毎週記事を更新することを目標に頑張れましたが、
2年前から仕事をするようになり、体力的にも精神的にもあまり余裕を持てなくなったことと、
自分の時間を満足に取れなくなったことが理由で、更新頻度が地に落ちています。

Twitterなら更新できるのかと言われそうですが、実際Twitterは他のことに比べれば
体力的にも精神的にも取り組むハードルがだいぶ低くて済む方だと思います。
とりあえずネットに何か書き込むならTwitterの方ということになってしまいました。
(いずれそうなるかもしれないとは何となく予感していましたが、本当にこうなるとは…)

とはいえ、このブログもこのまま廃墟にはしたくないと思っています。

映画や音楽、アニメの感想を好き勝手書いたり、
自分の書いた創作小説を雑然と並べたりしてきましたが、
自分自身の言葉を残しておける場所は欲しいと思うので。

さて、今後の当ブログの大まかな方針です。

映画や音楽などの感想記事は、今後も書けたら更新していきます。
ただ、これまでのように全ての作品に感想を書くのは難しいと思っています。
感想を書くならTwitterに連投することでもできるので、正直そちらが中心になるかもしれません。
ブログは、よりまとまったレビューを書きたくなった時に利用していくつもりです。

それと、できたら今後は単なるレビュー記事よりも、
何かの長めの考察や意見とか、日常思っているけど上手く言葉にできてこなかったもの、
そして、誰かに伝えたいけれど伝える機会が無かった考え、をメインにしていけたらと思います。
そういったものこそTwitterよりブログにまとめる方がより適してるのではと思いました。

あともちろん、創作小説。
忘れてません。これが自分の生きがいだと思ってます。
レビューやら何やらの間に交じって変なお話が挟まってると思われるかもしれませんが……、
元はといえばこれが自分の本領だったんです。

最後に……
これまで、文章は自分が書くものなんだから、好き勝手書いても良いじゃないかと思ってきたと同時に、
もしこれを読む人が悪い感情を持ったらどうしようとか、こんな独りよがりなこと書いても良いのかと悩むこともありました。
自分にとって、文章を書くことは、何よりもバランス感覚を必要とする行為です。
それゆえに、だんだんと書くこと自体を自分から遠ざけるようになりがちでした。

でも、あまり気にし過ぎても良いこと無いなとも思います。

自分の考えを書けるって、楽しいことです。人の書いたもの・創ったものを読んだり見たりするばかりじゃなくて。
そういう基本的なことを忘れず、今後も地道に活動していけたらと思います。

最後まで読んでくださった方、今後ともどうぞよろしくお願いします。

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映画『ジェイソン・ボーン』(2016) (かんたん感想)

色々あってブログの更新がとんでもなく久しぶりになってしまいましたが、この映画のために戻ってきました。

あらすじ

ギリシャとアルバニアの国境地域。かつて記憶喪失だった元CIAの暗殺者ジェイソン・ボーン(演:マット・デイモン)は、地下格闘技のプレーヤーとなり、目的の無い逃亡生活を送っていた。
一方アイスランド・レイキャビクでは、ボーンと同じくCIAを離反した元エージェント、ニッキー・パーソンズ(演:ジュリア・スタイルズ)が、あるコンピューターを使用してCIAのネットワーク内部に侵入し、極秘作戦に関するファイルのダウンロードを始める。ハッキングを検知したCIA本部では、ヘザー・リー(演:アリシア・ヴィキャンデル)が侵入元を特定すると、ニッキーのUSBメモリにマルウェアを送り込み、ニッキーのいる建物の電力供給を絶った。
CIA長官のロバート・デューイ(演:トミー・リー・ジョーンズ)は、ハッキングの被害を重く見て、ニッキーの暗殺を指令。ヘザーはその作戦の指揮を志願し、ギリシャ・アテネへと飛んだニッキーを本部から追跡する。その頃、アテネにいたボーンは、ニッキーからシンタグマ広場で落ち合うようメッセージを受ける。アテネ中心市街では、市民による政府へのデモ活動が始まろうとしており、続々と人が集まっていた。
CIAの現地工作員がニッキーの姿を捜している中、ボーンは数年ぶりにニッキーと再会する。ニッキーは、ボーンの父親がトレッドストーン作戦――かつてボーンを暗殺者に改造した作戦――の初期に関わっていたことを知らせる。ボーンは、父親はただの分析官であり、作戦とは無関係だったと否定するが、ニッキーによれば、ボーンがトレッドストーンへ自ら志願するずっと前から、彼はCIAに監視されていたという。動揺を見せるボーンだったが、CIAに見つかったことに気づき、暴徒化したデモ隊が荒れ狂うアテネで、ニッキーと逃走を始める。
だが、二人のすぐ近くに、デューイから指示を受けた暗殺者(演:ヴァンサン・カッセル)が迫っていた――。

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